愛に恋

    読んだり・見たり・聴いたり!

あの日、あの時、写真は語る

長崎原爆投下

77年前の今日。 1945年8月9日11時2分,長崎原爆投下。写真は投下から20分後,香焼島において松田弘道が撮影したきのこ雲。 雲の下では阿鼻叫喚の地獄と化している。 プーチンよ何が起きようと馬鹿な真似はするでないぞ。 核を持たざる国に核攻撃をしてみろ、…

福山空襲

私の知り合いに80歳のご老人がいるが、先日、広島の話から3歳の頃、叔母に連れられていとこと一緒に福山の空襲を遠くから見た記憶があるという。 真っ赤になった上空の景色だけがぼんやり記憶に残っているという話であった。 私は「福山って何処ですかと訊く…

広島に原爆が投下

おはようございます。 広島に原爆が投下されて77年目の朝を迎えましたが、私も長く生きてきましたので、もう何十回とこの日のことを考え、「もし」と思わざることもありました。 そうです、もし、ポツダム宣言をそれでも鈴木内閣が受け入れなかったなら、さ…

1908年7月24日、ロンドンオリンピックで「ドランドの悲劇」

「今日の一枚」です。あれはロサンゼルス・オリンピックだっただろうか。マラソンで、ふらふらでトラックに入った女性は、ゴールが近づくにつれて体が斜めに傾き、最後は歩くようにゴールインを目指したが、この時、有名になった過去の事例が明らかになった…

ポツダム会議

77年前の今日。1945年7月23日、ドイツ・ポツダム会議において,握手するチャーチル,トルーマン,スターリン。何を嗤ってやがる。スターリンは侵略者ではないか。ナチと手を結んでポーランドを分割した張本人だろう。ふざけやがって、日ソ不可侵条約を破って…

真の愛

真の愛は決して死ぬことはなく、時が経つにつれてますます強くなっていきます。 どうか、いつまでもお幸せに(泪)

デューク・エリントン画伯

ジャズの帝王デューク・エリントンです。 彼が亡くなったのは1974年、これはいつ頃の写真でしょうかね。 死後、これらの作品はどうなったの気になります。

昭和20年代 日本の風景

www.youtube.com 私は東京生まれだが、この時代の戦後東京を知らない。 いつも、この時代の東京の写真や動画を見ると不思議に思うことがある。 勿論、戦後日本ではテロやゲリラなどがあるわけではないが、昨日まで鬼畜米英を叫んでいた日本人が、GIやMPな…

1945年6月8日,大阪空襲の翌朝

十三大橋を通って通勤する人々。 下を流れるのは一級河川の淀川。 この橋は南北に渡って架けられているが、写真はどちら側から撮っているのか分からない。 ただ、私が抗がん剤治療で通っている病院は、この橋のどちらか側にあるので、今も健在なここを自転車…

硫黄島の戦い

76年前の昨日、1945年2月17日米軍の侵攻前爆撃を受ける硫黄島。 第二次大戦の三大決戦といえば、エル・アラメインの戦い、スターリングラード攻防戦、硫黄島の戦いで、私も尊敬する栗林中将が小笠原方面陸海軍最高指揮官として本当にあの猛爆の中をよく耐え…

シャッター・チャンス Part.20  

Cat vader キツネを追いかけるノルウェージャンフォレストキャット 動物写真家には本当に頭が下がります。 狙って撮れるもんじゃないですからね。 中でもキツネを追いかけるキャットというのは、これは一番難しい。 これらのものを全部集めて写真展を開けば…

シャッター・チャンス Part.19 

ガブっ! 危ない。何すんのよ。 そうか、ここなら楽ちんだ。 あれ、親亀の背中に子亀を乗せてじゃなかったけ! ヘイ。今度あおり運転なんかしてみろ。ただじゃすまないぜ。この俺様が相手だ。 二人でこれからも仲良く頑張って行こうね。 綺麗に写してよ。 僕…

日本の作家・画家 Part.2 

安岡章太郎 1920年4月18日 - 2013年1月26日 獅子文六 1893年(明治26年)7月1日 - 1969年(昭和44年)12月13日 岡倉天心 1863年2月14日(文久2年12月26日) - 1913年( 大正2年)9月2日) 尾崎放哉 1885年〈明治18年〉1月20日 - 1926年〈大正15年〉4月7日) …

シャッター・チャンス Part.18 

Andy Prokh これ、猫がチェスしてるの! Mr Time 何してるの? Deep これも何してるの? 20s Hotel in the Colombian ドッヒェー、これどうやって石材なんかを運んだの。 それに、ここまで辿り着くまでに疲れそうだ。 シロナガスクジラ 体長29.9メートル 長…

戦後の昭和

昭和33年、八戸市の街角にて、映画ポスターと撮影写真に見入っている虚無僧 昭和29年、浅草三社祭に参加している女の子 昭和26年のアサヒカメラより、「子守」 昭和29年、通知表を一生懸命に見る女の子。熊谷元一『なつかしの小学一年生』 昭和20年代前半 豆…

日本の作家・画家 

斎藤茂吉 1882年(明治15年)5月14日 - 1953年(昭和28年)2月25日) 三田村鳶魚 明治3年3月17日(1870年4月17日) - 昭和27 年(1952年)5月14日) 北杜夫は1981年に自宅を領土とし「マンボウ・マブゼ共和国」の独立を宣言しました。国歌や国旗も備えていま…

シャッター・チャンス Part.17 

Mohammed Satta King Alfred’s Tower in the UK フィリピンのタール火山が噴火しましたが、避難勧告前に撮影された一枚 PRINCE ELEAZER どれも凄い写真ですね。 行ってみたい、見て視たい場面が沢山ある、世界は素晴らしい!

シャッター・チャンス Part.16 

これ、人文字でネルソン・マンデラを描いているの! 通りを渡るアリゲーターの家族 海の上の湖 Leaping the Chasm 1949年 ひぇー、怖すぎるだろ。 あっチィチ、あっチィ燃えてるんだろか 世界は広い、動物界も様々、みんな元気でいろよ。

1945年8月30日

はいはい、負けました完敗です。 全部、日本が悪いんですね。 連合軍最高司令官の下に置かれる。 アナタ方の言う「subject to」の時代がやって来るというわけですか。 私ら、名古屋で育った子供たちは、何故だか田圃のぬかるみの中に足を突っ込んで捕った、…

偉人伝 Part.1

フランツ・カフカ 1883年7月3日 - 1924 年6月3日 アントン・チェーホフ 1860 年1月29日 - 1904年7月15日 アガサ・クリスティ (1913年) 1890年9月15日 - 1976年1月12日 ジョン・スタインベック 1902年2月27日 - 1968年12 月20日 イアン・フレミング 1908年5月…

文藝春秋増刊 鮮やかに生きた昭和の100人

昭和100人の最後を飾るのは昭和天皇だが、左頬に涙を流されておられる。 当時の参議院議長の祝辞が次のようなくだりに差し掛かったとき、 「・・・終戦に際し、御一身の御安泰をも顧みられず、戦争終結の聖断を下され、有難き玉音は電波により津々浦々に伝え…

処刑

「死刑を宣告されたモンゴル人の女性」(1913年頃)。 飢餓刑、食事を与えず、衰弱死するまで、この状態で捨て置かれるということか。 Blowing from guns 縛り付けられて大鵬で背中を打ち抜かれるわけだが、この処刑方法は、かなり広い地域で行われたのでは…

サラ・ベルナールのベッド

棺桶のベッドに横たわるサラ・ベルナール。 この写真が公になると、スキャンダルになりました。 サラは、「病気の妹に自分のベッドを貸したため代わりに使用した」「別の世界の空気を吸いたかった」と説明していますが、その真意は謎に包まれたままです。 じ…

あの時、君は若かった part.3 

フリードリヒ・ニーチェ フレッド・アステアと妹のアデル ブルック・シールズ 78年 ブルース・リー ポルテ・ア・レオン・トロツキー(1888年) エゴン・シーレ ロビン・ウィリアムズ グレース・ケリー 1941年 ポール・ニューマン 1944年 ナタリー・ウッド 1942…

シャッター・チャンス Part.15 

1993年 1965年 キャンプですか? ヘイ、タクシー! 報道写真というのは待てば撮れるというものではないが、仕事しては興味あるな。

シャッター・チャンス Part.14 

アッシャークリフ、スイス こんな処に家を造ったわけ? 食料の買い出しに行くのに何段階段を下りるの? 然し行ってみたい! Haid Al-Jazil, Yémen ここ、今でも住んでいるの? 1980年モスクワオリンピック開会式 これ、下手をすれば大事故だよ。 Tom and Jer…

子供時代 part.2 

1950年 エディンバラ、1958年。 明治30年(1897年)頃、浅草 山村の子守 昭和10年 昭和15年のアサヒカメラ入選作品。大阪のカメラマンの「朝の陽ざし」という作品 子供の頃、毎日、毎日遊んでいたが、その一つ、ひとつの思い出が舞い落ちた雪が解けるように…

シャッター・チャンス Part.13 

何が嬉しいの? 新たな整備士か。 モン サン ミッシェルを上から見るのは初めてだ。 1900-1910 このイラン人男性は60年以上入浴していない 1962年 誰かがここまでウンコをしに来るということ? ヤシの実

シャッター・チャンス Part.12 

ブラックジャガーとヒョウ イーグルバックに乗った小鳥 狙って撮れるものでもないシャッター・チャンスはそうそう遣って来ない。 では写真家たちは、そん一瞬のチャンスを見逃さないために、日々、どうしているのだろうか。 毎日、外出しては徒労に終わって…

ホイットニー・ヒューストン親子の最期

晩年のホイットニー・ヒューストン歌手のホイットニー・ヒューストン(1963年8月9 日 - 2012年2月11日)が死亡当時11本の歯を失っていたことが判明した。2012年に、心臓発作とコカインの使用が合わさった浴槽での溺死により死亡したホイットニーだが、検死の…