愛に恋

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カティンの森のヤニナ: 独ソ戦の闇に消えた女性飛行士 小林文乃

独ソ戦最大の謎「カティンの森事件」二万二千人のポーランド人将校が何者かによって虐殺された。そのなかにたったひとり、女性の犠牲者がいたことはあまり知られていない。彼女の名前はヤニナ・レヴァンドフスカ。優秀なパイロットであった彼女の頭蓋骨は調査隊にって持ち去られ、長らく歴史の表舞台から姿を消していた。ポーランドの歴史を調べることは日本人にとっては難し過ぎる。それを日本人女性がたったひとりで自腹を切ってポーランドに渡り、調査するとは並外れた好奇心だ。ポーランド語の発音が難解で、ポーランドのみならずその周辺国は昔から攻めたり攻められたりで国境線は幾度も変更され、大国となったドイツとソ連の間に挟まれたポーランドは1939年8月、モロトフ・リッベントロップ会談で両者の勢力圏内に組み込まれ地図上から抹消されてしまった。一帯では1933年から45年までの間に1400万の人が殺害され、そして事件は起こった。捕虜となった14000人のポーランド将校と知識人が根こそぎカティンの森で後頭部を撃たれ穴に放り込まれる。先に見つけたドイツ軍は1943年4月13日、全世界に向けて一斉に事件を速報した。行方不明になっていたポーランド将校はソ連によって殺害されたと。捕虜たちは当然、自分たちはジュネーブ条約に守られていると信じていたが。4月28日、国際調査団が送り込まれた。独ソ双方が相手の責任と主張したいたが、ゴルバチョフ時代のソビエト連邦においてペレストロイカが進み、情報公開制度の下、カティンの森事件の首謀者であることを自ら認めた。考えてもみよ、これらの戦争犯罪を犯した国が東京裁判に裁判官を送り込んで日本人を裁いているのだ。私のロシア人嫌いが解るというもの。