愛に恋

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「ムーンライト・セレナーデ」 心の闇

昔、宇都宮の駅の近くに千束屋という旅籠屋があって、そこに、佐の市という名の色白で顔つやの良い盲目の按摩が世話になっていた。旅籠の主人夫婦は佐の市を可愛がり、彼らの一人娘で宇都宮一の容色(きりょう)とうたわれていたお久米も彼に親切だった。佐の市は、身分の違いを知りつつも、お久米のことが大好きだった。彼はよく「命懸けても添わねばおかぬ、添わにゃ生きてる効(かひ)が無い」という唄を口ずさんでいた。しかし、お久米は土地の有力者の息子の青年実業家と結納を交わす。最初、信じなかった佐の市も、それが本当だと分かると、「一度蒼白(あおざめ)たる顔白(かおいろ)は昔に復(かへ)」ることはなかった。佐の市は唱う。「命懸けても唱ふ恋人は誰にかあらむ。お久米は人の妻となりたれば、はや佐の市は生効(いきがひ)のあらざらむ身なるを、なほ死なむともせざるを見れば、或はお久米は命懸けたる人にはあらざらむか。その誰なるを、佐の市は曾て人に明かせしはこと無ければ、自家(おのれ)の外に知るものも無し」佐の市は本当にお久米のことを好きだったんだろうか。小説「心の闇」を尾崎紅葉はこう結んでいる。「言はずして思ひ、疑ひて懼る。是も恋か、心の闇」「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。おやすみなさい、また明日。