朔太郎は言う。
犀星の書斎は明窓浄机で塵ひとつないと。
然るに自分の居間ときたら、原稿用紙と鼻紙が一杯に散らばり、その上、煙草の吸殻が座敷中に捨ててある。
犀星のところに来ると、いつもゴミダメから座敷に招待されたような気がすると。
更に、
「いいね、蛙が鳴いてるじゃないか」と言った。
すると急に犀星が欣然として、さも意を得たように言った。
「君にも風流の情緒がわかるか、なかなか話せるぞ」
この二人は大の親友なくせに趣味、趣向が合わず拠ると触ると喧嘩ばかりして、時に犀星はぷいっと反転し帰ってしまうこともある。
にも拘らず、朔太郎死後の犀星談を読んだことがあるが、30年もの間、二人して飲んでは管を巻いていた。
本書は出会いから朔太郎の死までの交遊を、互いが批評するという記録だげ、概して朔太郎の犀星評は、思想、哲学的で小難しい。
反対に犀星の朔太郎評は平易で分かりやすい。
互いに相手の欠点をあげつらいながら、男女の腐れ縁のようにしがらみ付いて離れることはない。
先に冥界に入った朔太郎を恨み、その後を朔太郎なしで生きていく犀星の心情をもっと知りたかった。
逆に芥川なしで生きた朔太郎の心境は如何ばかりだったか、彼らへの思いを胸に秘めながら生きた子供たちも今はなく、活字に血流を見ようと藻掻き、蛇足に生きる私はなお哀し。
併し乍ら羨む。
朔太郎を頂点に犀星、白秋、光太郎、若山牧水、与謝野晶子、芥川、木下杢太郎、 山村暮鳥など天才詩人や歌人が同時代に生き交流していたなどは、現在を生きる私にとっては夢のような話で、ただ書店の棚に並ぶ背表紙だけがよすがを伝えている。