愛に恋

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ジュール・パスキン 1885年3月31日 - 1930年6月5日 

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ジュール・パスキン

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《眠る裸女》(1928年)

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白いリボンの少女》(1928年) 北海道立近代美術館

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《ランチ》(1923年)リエージュ近代美術館

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《横たわるエリアーヌ》(1929年)

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《緑の帽子の裸婦》(1925年)

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《果物をもつ少女》(1927年)

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《ミミ・ローラン》(1927年)ハーシュホーン美術館

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《ギカ公女》(1921年ひろしま美術館f:id:pione1:20201024110701j:plain

《2人のスイス娘》(1925年)

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アンドレ・サルモンとモンマルトル』》(1921年

初登場ですね。

ブルガリア人の画家でエコール・ド・パリ全盛の1920年代モンパルナスで華やかな浪費生活をし「モンパルナスの王子」の異名を得たが、友人でノルウェー人画家のペル・クローグの妻のリュシーと不倫関係になり、酒と麻薬にまみれた自堕落な生活が原因で別れ、自宅アトリエ浴槽で手首を切ったうえ、首を吊って自殺

ドアに文字で「Adieu Lucy」(さよなら、リュシー)と書かれていた。

彼の絵が近年ではどのような評価を得ているのか私は知らないが、これが彼の個性だというしかない。