愛に恋

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「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。 ところも知らぬ山里に さも白く咲きてゐたるおだまきの花

最近思うのだが、どうも年を取ると経験が増す代わりに文章に冴えがなくなる。切れ味鮮やかな凄味が消えうせた。20代の頃の私はこんなんじゃなかったと思うのだが。その点、この人は違う。萩原朔太郎は、娘に「葉子、硯持ってきてくれ」と言うと煙草を喫みながらしばらく眺めるように考え、いつものように筆にたくさん墨を含ませて「ところも知らぬ山里に さも白く咲きてゐたるおだまきの花」朔太郎はかなり飲んでいながら広瀬川白くながれたり 憂いは陸橋の下を低く歩めり」上手い、さすがわ朔太郎先生。私にはこうはいかない。ところ番地も分からねば、昔の彼女に連絡のつけようもなし。わが胸の裡に木枯らしが騒ぐ。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。嗚呼、小説家になりたかったな、何ゆえこうも才能に恵まれないのか、父上、いかがお思いになりますか。