愛に恋

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「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。 原民喜の妻貞恵

原民喜の妻貞恵が肺結核を発症したのは、結婚六年目の昭和14年9月のことであった。ある朝、彼は寝床で、隣室にゐる妻がふと哀しげな咳をつづけてゐるのを聞いた。何か絶え入るばかりの心細さが、彼を寝床から跳ね起させた。はじめて視るその血塊は美しい色をしていた。それは眼のなかで燃えるやうにおもへた。妻はぐったりしてゐたが、悲痛に堪へようとする顔が初々しく、うはつづてゐた。妻はむしろ気軽とも思へる位の調子で入院の準備をしだした。悲痛に打ちのめされてゐたのは彼の方であったかもしれない。妻のゐなくなった部屋で、彼はがくんと蹲まり茫然としてゐた。(「苦しく美しき夏)」より。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。当時の肺病は死の病。これに取りつかれたらまず助からない。私ならどうするだろうか、愛する妻を失ったらとても堪え切れるものではない。死さえ考えてしまうだろう。おやすみなさい、また明日。