20年前ほどだったか、今は潰れてしまった古本屋で偶然見つけた、尾崎秀実の『愛情はふる星の如く』という本を見て、目が点になった。
尾崎秀実とは、ひでみと読むのではなく「ほつみ」と読む。
言うまでもなく近衛内閣のブレーンとして、政界・言論界に重要な地位を占め、軍部とも独自の関係を持ったその男が「ゾルゲ事件の」張本人として逮捕されたのである。
尾崎が獄中から妻に書き送った手紙を纏めて出版したのが、この『愛情はふる星の如く』で、私はその日まで、そんな本が存在すること自体知らなかった。
家にはまでパソコンもなく、調べる術がなかった時代の話だ。
これだから古本趣味は止められないし、歴史的事件の当事者が書いた第一級の資料としては是非とも読まなければならない。
加えて、事件のリーダーだったリヒャルト・ゾルゲ関係の本も何冊か読んだ。
そして去年、古書市で見つけたのが本書、『ブランコ・ヴケリッチ獄中からの手紙』なのである。
ブランコ・ヴケリッチの主な任務は諜報活動は、記者としての情報収集とその分析、資料の写真撮影・現像・複写などだが、彼には日本人妻がおり、その妻との往復書簡が本書で、繰り返し繰り返し、互いの健康を労り、1人息子の教育から、ヴケリッチの妻と言う立場からくる誹謗中傷など、妻の住みにくさなど、手紙の内容は耐えない。
然し乍ら当然、検閲や月一という制限などもあり、なにくれとなく自由に書けないもどかしさも伝わってくる。
事件では他に重要人物として逮捕されたマックス・クラウゼンや、宮城与徳がいるか、彼ら二人については読んでいない。
ともあれ、3人に関する著作を読んだので一頻り満足感を得ている。
因みに宮城与徳は結核で獄死しており、ヴケリッチも終身刑の判決を受け網走刑務所護送後、一冬が越せず肺炎で死亡した。
ゾルゲと尾崎は絞首刑。
ヴケリッチの死去は45年1月で、厳しい寒さを乗り切り春まで持ちこたえれば、なんとか終戦まで生き延び、GHQの政治犯釈放令で晴れて解放されたかも知れず可哀そうなことをした。