本書は一応、「バルチック艦隊提督の手紙」と銘打っているが提督の手紙が出て来るのは凡そ100ページ辺りから。
それまでは大津事件の経緯に費やされている。
当時のロシアに於ける日本の評価は、皇帝の側近に言わせれば以下のようなことだった。
日本には、戦争に打って出るだけの度胸がない、日本や中国との交渉では、一切の妥協を排する姿勢こそ最良の方法である。
つまりは何を言ってきても譲歩しないということだ。
いざとなれば戦争で打ち負かすまでのこと。
然し、皇帝はあまり戦争を望んでいなかったようだ。
ロシアではなく、日本が先に軍事行動始めるをことが望ましい。
と、部下に電報を打っている。
陸ではクロパトキン率いるロシア軍と日本軍は激闘を繰り返し、バルチック艦隊は負けるべきして完敗したようなものだった。
全50隻からなる大艦隊ではあるが、兵卒の士気は低く、ロジェストウェンスキーを苛立たせている。
更にバルチック艦隊はこんなふうに言われている。
ロシアの乱雑さとはいえ、新旧、大小、優劣が入り乱れた観戦の寄せ集めは、実践艦隊のまがいものとしか言いようがない。
事実、半年にもわたる航海で毎日のようにどこかの艦で故障が起きる。
その度に、艦隊は停止を余儀なくされ、いまから大海戦に挑むような状態ではない。
妻に送られた手紙は合計30通、常に現在地など知らせているが、もはや生還の目途も立たないような書きぶりで、ただ、与えられた任務を遂行し終焉に向かって進んでいるようだ。
ロジェストウェンスキーが聞くニュースは悪いものばかりで、陸で負け、頼みのロシア太平洋艦隊も全滅、そこを突破しなければならない。
敗北は必至、という予感にもかかわらず、ロジェストウェンスキーは目的地への航行を急いだ。提督自身認めているのだが、間違いなくやってくる終焉を待つことの方が終焉そのものより苦しいと感じていた。
と、悲観し、大艦隊の総延長は7・4キロ、これでは狙い撃ちにあってしまうようなものだ。
ロシア側の戦死者4,380人、捕虜5,917人、その中にはロジェストウェンスキーも含まれ
、戦わずして何度も引き返すことを考えていたが、それをしなかった決断をどう見ればいいのだろうか。
然し、ロジェストウェンスキーを責めるばかりでは可哀そうな気もする。
こんな艦隊の指令長官は引き受けたくないものだ。
妻にも愚痴をこぼしているが、戦いで死んだものは浮かばれまい。
手紙発見があったればこそ、このような本も出版されるわけだが、海戦を前にロジェストウェンスキーの諦観ともなげやりとも取れる心境が分かる内容だった。