愛に恋

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暗殺―明治の暗黒

本題を前に、どうしてこう昔の本は読み辛い製本になっているのか。
奥付を見るに昭和40年11月10日発行となっている。
単行本、二段組みでまた文字が小さい。
故に一向に捗らない。
つまり、当時にあってはまだ活字離れと言われる時代ではなかったためか。
数か月前に古書市で買ったのだが、あまりの読み辛さに暫くほっといた。
しかし、いつまでも読まないわけにもいかず、やっと今回、重たい腰を上げた次第だ。
 
『暗殺―明治の暗黒』というタイトルを見て、「暗殺」とは誰を指しているものなのか興味があり函入りのこの本を手に取って中身を見るに事件は広沢参議暗殺と知って購入を決めた。
この忘れ去られた大事件に関しては今日、書店で関連本を探してもまず存在しない。
テレビでもこの事件を採り上げることはない。
では、何故この事件の存在を私が知ったかといえば昭和50年代、NHK鈴木健二アナが全盛の頃、『歴史への招待』という番組で事件の詳細を知って興味をもったが、如何せん本が手に入らない。
当時はまだパソコンのない時代ゆえ如何ともし難い現状のまま月日が流れてしまった。
 
少し概要を説明する。
明治4年1月9日未明、参議広沢実臣は何者かによって13カ所を刺され即死した。
当夜、広沢と同衾していたのはお妾の福井かね。
妾と言っても太政官制の参議は大変な高官で一般的には「権妻」「お部屋様」と呼ばれ広い屋敷内に妻妾同居も可能。
明治4年当時、太政大臣三条実美を筆頭に左大臣、右大臣、大納言、その下に4人の参議、更にその下が民部、大蔵、兵部、刑部、宮内、外務の各大臣が居るが当時は大臣とは呼ばず大蔵卿というような呼び名だったはず。
 
さて4人の参議だが副島種臣(佐賀)、前原一誠(長州)、大久保利通(薩摩)
広沢実臣(長州)となっている。
つまり、この時点では木戸より広沢の方が上位ということになる。
故にこの事件は政府を揺るがす大事件になった。
3月25日、明治天皇は次のような詔勅を出した。
 
「故参議広沢実臣の変に遭うや、朕すでに大臣を保庇すること能わず、又、その賊を
 逃逸す。そもそも、維新以来、大臣の害に罹るもの三人に及べり。これ朕が不逮に
 して、朝憲立たず、綱紀の粛ならざるの致すところ、朕甚だこれを憾む。天下に令
 し、厳に探索せしめ、賊の必獲を期せよ」
 
と、厳しいお言葉。
つまり、既に3人の高官を失ったと怒っているのである。
明治2年1月5日、太政官参与の横井小楠が暗殺され斬首された。
同じ年の9月4日、兵部大輔の大村益次郎も凶変に遭う。
何れも下手人は捕縛され、後に起きた大久保暗殺の下手人も自首したが、一人、広沢参議の暗殺犯だけは、その取り調べに混迷を極めた。
 
主に捜査に当たったのは弾正台の千馬武、それとは別に東京府庁、市中取締隊長、
中警視の安藤則命(そくめい)、薩摩閥である。
その後、太政大臣三条実美の名で府庁に不達が届いた。
 
 
「去る一月九日未明、賊徒、広沢参議を惨殺、、逃走いたし今だに下手人捕縛これ無
 く憂慮に堪えず候。就いては、捜査の任にあたる諸官、それぞれの職分を全うし
 厳重捜査を遂げ、速やかに凶賊を捕縛いたすべき旨御沙汰候事」
 
太政官東京府庁と弾正台の微妙な関係を知って、はっきりと東京府庁に捜査を任せることになった。
早速、中警視の安藤則命は容疑者22名を逮捕。
中でも、福井かね、家令の起田正一、かねと昔馴染みの青木鉄五郎には凄まじい拷問が加えられた。
余談だが我が家には『死刑物語』『日本残酷写真史』『死刑全集』なる本があるが彼等3人が受けた拷問の凄まじさは言語に絶し、それに耐えきれず福井かねと起田正一は嘘の自白をしてしまう。
 
苔打、石抱、海老責、釣責、箱責と容赦なく責め立てたのは安藤則命。
安藤の捜査では下手人は起田正一で、それを手引きしたのが福井かね。
参議を殺害して二人は夫婦になる約束をしていたというのである。
それに対し弾正台側では、これは情痴問題ではなく裏で政治的な対立が絡んだ陰謀だと推測していたらしい。
 
つまり同じ長州人でありながら政敵だった木戸と井上薫が企んだ暗殺だと。
しかし、この時代、国内の政令は整わず朝令暮改が相次ぐ。
三権分立はまだなく、行政官が司法権を監視するというような事態が起きる。
起田正一の後ろ盾だった司法卿の江藤新平佐賀の乱を起こし斬首され、同じく長州の前原一誠萩の乱を起こし斬首。
 
俄然有利になったのは木戸の立場。
江藤に替わって司法卿に就いたのは佐賀閥の大木喬任(たかとう)、彼は謂わば
木戸、大久保、安藤側に立つ人物で広沢事件は情事問題をめぐる故殺として処理しようとしていた。
いくら拷問の末とは言え、嘘の自白をするものではないというのが大木、安藤の考え。
 
ところが、先にも述べたようにこの当時の絶え間ない政令変更などで何度も事件の管轄権が変わり、そいの度に人事も移動する。
しかし、元弾正台の千馬武と元中警視の安藤則命だけは最後まで役職を替えながら残り、断然有罪とする安藤と無罪と信じる千馬の信念の争いで裁判は決着する。
福井かね、起田正一、青木鉄五郎は無罪。
以来、この事件の犯人は杳として行方知れずになった。
おそらく、このあたりが、今日、この本に付いて書かれない要因だと思うのだが。
木戸の陰謀説か、かねの情痴説か今となっては迷宮入りで真相究明は困難。
 
追伸。
う~ん、今回の感想文は読んでいる方も何だか難しいですよね。
どうか悪しからず願います。