愛に恋

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「ムーンライト・セレナーデ」 欣喜措く能はず

過ぎし世に降る雪には 必ず三味線の音色が伝えるような 

哀愁と哀憐とが感じられた。永井荷風

荷風の『断腸亭日乗』は将来、間違いなく国宝に指定されるだろう。

そのぐらい日記文学の傑作だと思う。

美文、名文の誉高く、終戦の日谷崎潤一郎夫妻と別れ汽車に乗る。

「午前十一時二十分発の車に乗る・・・新見駅にて乗換をなし、出発の際谷崎夫人の贈られし弁当を食す、白米のむすびに昆布佃煮及牛肉を添へたり、欣喜措く能はず、食後うとうとと居眠りする中山間の小駅幾箇所を過ぎ、早くも西総社また倉敷の停留所をも後にしたり、農家の庭に夾竹桃の花咲き稲田の間に蓮華の開くを見る、午後二時過岡山の駅に安着す、焼跡の町の水道にて顔を洗ひ汗を拭ひ、休み休み三門の寓舎に帰る。S君夫婦、今日正午ラヂオの放送、日米戦争突然停止せし由を公表したりと言ふ、恰も好し、日暮染物屋の婆、鶏肉葡萄酒を持来る、休戦の祝宴を張り皆々酔うて寝に就きぬ」

「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。現在では荷風のような美文を書ける人はいないが、明治人の教養が窺い知れる文豪永井荷風ですね。羨まし。