愛に恋

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父の詫び状 向田邦子

やっぱりエッセイは自虐的なものに限るね。最近、なるべく読むようにしてるのは阿川佐和子向田邦子。二人の年齢は親子ほど違うが、どちらも共通しているのが恐父論。私にしてみればお互いさまで、とにかく戦前派の人は怖かった。怒るとよく手が出る。それが身に染みて本当に恐かったのである。私の父は実母を嫌い殺害まで考えたと生前言っていたが、理由はよく解らない。併し、向田邦子の祖母は未婚の母だったらしい。父親の違う二人の男児を生み、その長男が邦子の父で、若い頃から芸事を好んで、嫁いで来てからも色恋沙汰があり、好きな人には自分の気持ちを抑えることが出来ないとあるので、私にそっくりではないか。ともあれ本人が語るように大人になるにつれ、物の哀れが分かるようになり、父親の転勤に従って各地を転居した関係もあってか、思い出を綴ることの多いエッセイになっている。思い出というのはねずみ花火のようなもので、いったん火を点けると、不意に足元で小さく火を吹き上げ、思いもかけないところへ飛んでいって爆ぜ、人をびっくりさせる。人間の晩秋や初冬というものは、数多くの想い出に彩られながら、それを虫喰うように啄(つい)ばんで生きていく定めなのだろうか。人の気持ちのあれこれを綴って見すぎ世すぎをしている向田邦子は、突然あらわれたほとんど名人であると解説にある。