愛に恋

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フランス組曲 [新装版] イレーヌ・ネミロフスキー

もちろん初読みの作家でイレーヌ・ネミロフスキーと言われても誰ことやら分からないまま読んだが、著者は女性だったんですね。それも現代作家ではなく、すでに1942年7月、フランス軍憲兵によって拉致されて以来、消息を絶ったままアウシュビッツで殺害されている。必死になって妻の消息を探す夫も10月に憲兵に逮捕され、同じ運命を辿った。本書は当初、トルストイの『戦争と平和』のように1000ページほどの長大なものを予定していたらしいが、先に書いたような状況で未完に終わってしまった。それでも500ページにも上る二部制で、「六月の嵐」ではドイツ軍、パリに接近という知らせで市民はパニックに。40年6月10日、フランス政府はパリを無防備都市として放棄。急いで荷物を纏め郊外へと退避するパリっ子の状況を当事者の体験をもとに書かれている。残虐と噂の高いドイツ軍が迫ってくれば、誰とても怖いだろう、やみくもに南を目指し、章ごとに人物を交替させながら、大脱出の渦に巻き込まれた者たちの思いと行動を描いていく。二部の「ドルチェ」ではドイツ軍兵士が、それぞれの民家に長期滞在となったことから、一見、長閑で平和のように見える村での、ドイツ兵とフランス農民の軋轢と確執と恋。戦争は国内からは遠ざかり、次なるロシアとの戦いのため移動していくドイツ軍というところで終わっている。嵐の中で人間を観察した者だけが、人間の何たるかを知りえるという大きなテーマを残して。