愛に恋

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「ムーンライト・セレナーデ」 徳川慶喜は晩年こんなことを言っている。

徳川慶喜は晩年こんなことを言っている。「ともかく幕府を倒しちまった以上、国の体制を何とか造らねばならん。亜米利加や英吉利、仏蘭西辺りと渡り合いながら、侵略されねぇように国を守るのが先決だ。今から考えりゃ、随分と危ねぇ橋を渡ったもんだな。渡り方を一寸間違えりゃ、今頃、日本は列強の植民地になっていただろう。国が分断されて、江戸以北は亜米利加、上方は英吉利の領地だなんてな。そういや、仏蘭西は薩摩を欲しがってたなんてぇ噂もあったな」その慶喜は明治政府への参画を高官らに何度も促されながら辞退し、沈黙を守り続けた。そうしてみると慶喜は後半生が長く、何やら昭和天皇と似通ったものがある。共に敗戦の憂き目を経験し、危ないかじ取りを任された若き君主だった。徳川慶喜西郷隆盛昭和天皇マッカーサー、誰もが常人には真似の出来ない凄まじい人生を送った英傑だった。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。どんどん寒くなってきしたね。体調はどうですか、健康でこの冬を乗り越えましょうね。冬眠に入ったヒグマより力強く。おやすみなさい、また明日。