愛に恋

    読んだり・見たり・聴いたり!

戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇 堀川惠子

無法松の一生』といえば村田英雄の歌でも有名だが、3度ほど映画化されている。初めは戦時中の昭和18年阪妻こと阪東妻三郎が主演の作品で、二度目は昭和33年、三船敏郎主演の作品で、この二つは観たが、昭和38年の三國連太郎の映画は知らない。本来は昭和17年の舞台劇で、原作では『富島松五郎伝』という。この時に主演の松五郎を演じたのが名優丸山貞夫だが、もちろん私の知らない時代の話だ。丸山の演技は戦後、多くの人の記憶に深く残るようなもので、作家の近藤富枝は「観るたびに全身が痺れた」と感想を述べている。この本は、小山内薫らによって震災後の大正13年に建設された築地小劇場から育った、杉村春子滝沢修小沢栄太郎藤原釜足沢村貞子東山千栄子多々良純殿山泰司徳川夢声など往年の名優、総揃えノンフィクションで、プロレタリア全盛期の時代とあって、彼らの辿った道のりは決して平坦なものではなかった。台本の検閲、逮捕、拷問と今では考えられない時代にあって、いかに政府批判の演劇を作っていくかに苦労したのだろう。そして終戦間際、「桜隊」と名乗り全国行脚で公演を重ねた9名は、昭和20年8月6日、こともあろうに広島で宿泊していた。そこへ原爆投下となってしまった。敏腕刑事のように徹底した調査で有名な著者、堀川恵子氏は、これまで処分したと思われていた演出家の八田元夫の膨大な資料を見つけ、生き残った者として、書きとどめておかなければならない日記などを精査して、この感動的な作品が上梓された。