愛に恋

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吾輩は猫画家である ルイス・ウェイン伝 南條竹則

 
文学作品で猫と言えばまず漱石、他に内田百間の『ノラや萩原朔太郎の『猫町』なども有名だが、その漱石の『吾輩は猫である』の一説に以下のようなくだりがある。
 
「やがて下女が第二の絵葉書を持って来た。見ると活版で舶来の猫が四、五疋ずらりと行列してペンを握ったり書物を開いたり勉強している。その内の一疋は席を離れて机の角で西洋の猫じゃ猫じゃを踊っている。その上に日本の墨で「吾輩は猫である」と黒々と書いて、右の側に書を読むや踊るや猫の春一日という俳句さえ認められてある」
 
著者はここに出てくる絵葉書を漱石が実際に持っていたのではないかと推測し、そこに描かれている猫こそルイス・ウェインのものではないかと。
日本ではまったく馴染みのないこの画家。
活躍したのは19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて。
ほとんど猫ばかりを描いているが当時にあっては彼の絵はイギリス中に知らぬ者がないと言うほど売れに売れたらしい。
 
猫といっても写実的なものではなく擬人化され、人間の行いを猫によって表現したものを絵葉書として売り出し大ブームとなった。
1917年には彼が手がけた史上初のアニメ映画、『プッシーフット』なるものが制作され、モデルとなったのはウェインの愛猫ピーター。
現在なら巨万の富を残したところだが当時は版権の意識が乏しく経済状態は常に逼迫し、晩年には統合失調症を患い苦労したようだ。
 
その後、病の影響か絵に変化が生じ、輪郭は拡張、奇怪でサイケデリックな猫に変容し見る者をして煙に巻くような作品になっていった。
この画風の変化こそ分裂症の表れだと言う人もいるようだが私には解らない。
ただ、難解になったことは確かだ。
 
西洋では昔から猫を魔女や悪魔崇拝と結び付けて考える風潮があったようだがウェインは自ら残した功績をこのように言っている。
 
「私はこの国で猫が従来受けていた軽蔑を一掃し、猫の地位を老嬢の愛玩物という、いかがわしい地位から家庭に於ける現実の恒久的な地位に引き上げようとつとめて来た」
 
不遇な晩年を送ったようだが現在ではまた再評価もされているとか。
 

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