愛に恋

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海辺の生と死 島尾ミホ

要は『狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ』を読む為の下見として購入した本だが意外に手間取った。
以前『妻への祈り - 島尾敏雄作品集』を読んで、そして今回の本。
その後、『死の棘』『狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ』の流れで4冊読破するつもりでいるのだが、途中に寄り道などするので、はてさて、完読はいつになるやら。
 
以前の繰り返しになるが、ミホの夫は元特攻隊員の島尾敏雄
奄美群島加計呂麻島に駐屯した事が二人の馴れ初めになるのだが、戦後、求められて書いたミホのエッセイ集がこれで、意外に読み難い。
前半は加計呂麻島で育った幼年期の思い出を綴っているが奄美の方言にやや苦労する。
簡単に言ってしまえば戦前、奄美に渡って来た旅芸人の思い出を書いているのだが、その文体が各方面で絶賛されているが、どうも私には馴染めなかった。
 
しかし、後半の特攻隊長島尾敏雄との関わりは面白い。
戦時中、島民にとって軍隊という存在は恐ろしいものだという認識が一般的だったようだが、島尾隊は一貫して島民には親切。
いつしか島の守り神のように思われた島尾部隊と生死を共にするまでに精神は高揚していたらしい。
 
因みに特攻隊と言っても飛行機乗りではなく人間魚雷の震洋艇のことである。
搭乗員が特攻戦に出撃した後、島民は基地隊員に協力し、男たちは竹槍を持ち、乙女たちは看護婦、老人、女たちは自決と決められ一糸乱れぬ統率の下、一丸となって敵に当たる手はずになっていたとか。
そして迎えた昭和20年8月13日の夜。
 
島尾部隊本部付の海軍上等主計兵曹が「隊長が征かれます」と息を弾ませ飛んで来た。
すかさずミホは島尾に対して簡単なメモを書き、それを上等主計兵曹に渡す。
文面は以下の通り。
 
北門の側まで来ております
ついては征けないでしょうか
お目にかからせて下さい
お目にかからせて下さい
なんとかしてお目にかからせて下さい
決して取り乱したり致しません
 
ミホは急ぎ身を清め、死に装束を纏い島尾から貰った短剣を持ち北門に急ぐ。
その時、ある島民の声が集落に響く。
 
皆さ~ん、いよいよ最期の時が参りました。
自決に行く時が来ました。
家族全員揃って集合してくださ~い。
防衛隊員と男女青年団員は握り飯を一食分だけ持って、他の人は荷物など何も持たないよう~に、必ず集落全員一人も残らないように集まって下さ~い。
 
その時が来たことを知り全員が集まる。
しかし、このくだり、私が生まれる10年程前の光景とは思えない。
決死の覚悟とはこういうことか。
ミホは父に置手紙を書く。
 
父上さま、ミホの姿が見えませずともお探し下さいませぬようお願ひ申し上げます。
 
その後、北門で島尾に対面したミホは心の中で声にならない声で乱れ狂い泣き叫ぶ。
 
放したくない、放したくない
御国の為でも、天皇陛下の御為でも
この人を失いたくない
今はもうなにもわからない
この人は死なせるのはいや
わたしはいや、いやいやいやいやいや
隊長さま!
死なないでください
嗚呼!戦争はいや
戦争はいや
 
ミホを見て、島尾は単なる演習だから心配しないようにと宥める。
しかし、ミホは島尾の出撃を見届け、短剣で喉を突いて海中に没する覚悟。
凄い気迫ですね。
結果的に出撃の時は訪れず、2日後に終戦
しかし、愛する者の為に戦うとは少し陳腐な言葉のようにも聞こえるが、実際はそういうことなのかも知れない。
人間、いざとなったらどのように身を処するのかは分からないが。
ともあれ、戦後の二人の事は作家となった島尾作品『死の棘』を読んでから!