愛に恋

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寂しい写楽 宇江佐真理

いくら江戸時代に興味があるといっても、私の得意とするのは前期と後期。松平定信寛政の改革水野忠邦天保の改革田沼意次の賄賂政治などはよく知らない。よって、山東京伝北斎歌麿写楽、豊国、太田南畝、滝沢馬琴十返舎一九らが同時代人で、いずれも蔦屋重三郎と拘わりを持っていたとは知らなかった。寛政の改革令に反旗を翻した重三郎は人気歌舞伎役者の大首絵刊行を試みる。起用されたのは写楽だったが十ヶ月の間に百四十余点の浮世絵を発表するも、鳴かず飛ばずのうちに重三郎は失意のうちに没する。ある日、重三郎が留守のときに訪れた写楽十返舎一九に迫る。「重ねて訊く。それがしの役者絵は、この限りであるのか」「申し訳ありやせん」それが最後に写楽の絵は終わった。重三郎の生前には写楽はヒットしなかったわけか。文化が花開いた江戸期、歌舞伎、狂言、俳句、都都逸、川柳など本当に庶民はお上に対抗しながらいろんな楽しみを作り上げたものだ。「年号は安く長くとかわれども、諸色高くて今に明和九」この落首は、年号は安永に変わったけれど、物価高騰で暮らしが立ち行かない。安永元年は年号が変わらなければ明和九年になるので、迷惑を明和九に引っかけているのである。誰が考えたか知らないが実に江戸人の粋を感じる。