愛に恋

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「ムーンライト・セレナーデ」 「わたしが一番きれいだったとき」茨木のり子。

「わたしが一番きれいだったとき」茨木のり子

わたしが一番きれいだったとき、街々はがらがら崩れていって、とんでもないところから、青空なんかが見えたりした。わたしが一番きれいだったとき、まわりの人達がたくさん死んだ、工場で、海で、名もない島で、わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった。わたしが一番きれいだったとき、だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった、男たちは挙手の礼しか知らなくて、きれいな眼差しだけを残し皆発っていった。わたしが一番きれいだったとき、わたしの頭はからっぽで、わたしの心はかたくなで、手足ばかりが栗色に光った。わたしが一番きれいだったとき、わたしの国は戦争で負けた、そんな馬鹿なことってあるものか、ブラウスの腕をまくり、卑屈な町をのし歩いた。わたしが一番きれいだったとき、ラジオからはジャズが溢れた、禁煙を破ったときのようにくらくらしながら、わたしは異国の甘い音楽をむさぼった。わたしが一番きれいだったとき、わたしはとてもふしあわせ、わたしはとてもとんちんかん、わたしはめっぽうさびしかった、だから決めた、できれば長生きすることに、年とってから凄く美しい絵を描いた、フランスのルオー爺さんのように、ね。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。おやすみなさい、また明日。