愛に恋

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漂砂のうたう 木内 昇

『櫛挽道守』で第9回中央公論文芸賞を受賞に続いて二冊目の本だが、この人、木内 昇と書いて(のぼる)ではなく(のぼり)で女性作家なんですよ。本作は直木賞受賞作で、維新から10年、武士という身分を失い、根津遊廓の美仙楼で客引きとなった定九郎。自分の行く先が見えず、空虚の中、日々をやり過ごす。苦界に身をおきながら、凛とした佇まいを崩さない人気花魁、小野菊。変わりゆく時代に翻弄されながらそれぞれの「自由」を追い求める男と女の人間模様を描いたドラマだが、後半になるに従い、この作者のただならぬ筆力に絶句する。人間観察の奥深さ、時代小説の難しさ、起承転結織りなす読者の引き込みの上手さ。遊郭、着物に関する単語の難しさはあるが、44歳でここまで書けるのかという驚きがある。なかでも私を惹きつけた「後朝(きぬぎぬ)の別れ」という言葉のもつ日本語の美しさに感嘆した。平安時代の恋愛は「妻問婚(つまどいこん)」という通い婚が一般的で、一夜をともにした男女が翌朝別れるという意味らしいが、今では死語ですね。この人の作品は、また見つけ次第買いそうだ。