愛に恋

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「ムーンライト・セレナーデ」 安南仕込茶碗

向田邦子という人は書画骨董などに興味がある人で、毎年、東京美術倶楽部の歳末売り立てというものを覗いては、夥しい点数を見て回った。併し、そんな物を買ってばかりいるので貯金が貯まらない。ある時も目に飛び込んできた「安南仕込茶碗」を見た時、耳のうしろを、薄荷水でスーとなでられた気がしたという。緑釉の具合が何とも言えない。小振りで、私の掌におだやかに納まるのも嬉しくなる。嬉しくないのは値段だけで、すでにして予算は大オーバー。目をつぶって行くことにした。ところが、またもや軍歌で恐縮なのだが、こういう時必ず聞こえくるのだあると。「あとの心は残れども、残しちゃならぬこの体。それじゃ行くよと別れたが、ながの別れとなったのか」身分不相応といったんは虫を押さえるが、耳のうしろがスーとしたものは、必ずあとの心が残る。あとになって、もう一度欲しい、何とかして頂戴とジタバタしても、それこそ一期一会、二度と私の手に入らない。劉生の軸ものの小品、ルノアールのサムホール。あの時、もう一息の度胸がないばかりにと臍を噬んだことを思い出して「これも包んで下さい」といってしまったらしい。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。よく解るね、彼女とはスケールが違うが、私の場合は古本である。翌日行ってみたらなかったということがままある。しまったと思ってももう遅い。二度と巡り合えないのだ。だからいつもそういう場面では古書は一期一会と思って迷ったら買うことにしている。おやすみなさい、また明日。