愛に恋

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アロワナ

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路地沿いの貧相な長屋の中ほどに、その店はある。
片側だけに店が立ち並び、何処も似たような間取りの金時飴のような手狭な奥行き。
手動のドアを開けると僅かな客席には誰も居らず、マスターが退屈そうにぽつねんとひとり。
地元では有名という割には至って簡素、会話を打ち消すような気の利いた音楽もかからず寂れた風情の店内。
然し、ここが今日の夕飯にと当て込んだトンカツ屋だから致し方ない。
 
知り合いの女性に美味しいからと促され、なら一度、話しのネタにと入ったが、お品書きを見ながら、何故か取り残されたようで居心地が悪い。
品は「トンカツ定食」「ハンバーグ定食」「オムレツ定食」の三品、考えるまでもなく、トンカツ定食を頼み、店内を一通り見渡してみる。
私が座った席は小さな水槽の真横、そこに一匹のアロワナが飼われている。
 
体長に似合わぬ窮屈な水槽でアロワナは何をするでもなく浮かんでいた。
藻、ひとつない空間から珍客の私を横目で見ている。
いったい何が面白くて生きているのだろうか。
 
水槽内には水温計がひとつあるきりで、さしずめ人間に例えるなら3畳一間の部屋で温度計頼りに日がな一日、ぼんやりしているようなものだ。
こんな狭い所に閉じ込められれば、いくらアロワナだって鬱になりはせぬかと慮っていると、突然水槽が鳴った。
 
「なんだ!」
 
見ると、吸盤でガラスに引っ付いていた水温計が水面に浮かんでいる。
程なくするうち、アロワナは水温計を咥え外へ投げ出そうとしている。
その曲芸を訝しんでいると背後からマスターの声。
 
「餌を寄こせという合図なんですよ」
「餌!」
「はい、この時間に餌をやらないといつも怒ってあんなことするんですよ」
「アロワナも怒るんですか」
「丁度、夕食時ですから、いい加減腹が立っているんでしょ」
 
私は改めてアロワナを見返す。
マスターが餌を与えると、ひとつ残らず食べていたが、さしずめアロワナはこう言いたかったのだろうか。
 
「なんだ、俺の餌はコイツの後かよ」