自分で選んどいて何だが、まったくストレスの溜まる本だった。
私にとっては少し手に余る内容だが興味のある題材なので仕方なく購入した次第。
しかし、全国各地の銀行で取り付け騒ぎが起こった事により総辞職。
原因は片岡直温(かたおか なおはる)大蔵大臣のこの一言。
「現に今日正午ごろにおいて渡辺銀行がとうとう破綻しました」
昭和恐慌の始まりである。
代わって登場したのが「オラが大将」こと長州閥の軍人田中義一。
政友会総裁として首相の座に就いたが、対する民政党との政争は絶えることがなく、翌昭和3年、関東軍による張作霖爆殺事件の責めを負って田中内閣は退陣に追い込まれ、代わって民政党の浜口雄幸が首班指名を受ける。
これが昭和4年7月2日。
浜口内閣は国際協調、軍備縮小、財政の緊縮、金解禁の断行、そしてロンドン軍縮会議など、難しい舵取りを抱えての船出。
一人一殺を掲げ、政財界の大物を誅殺するというシナリオ。
軍部では3月事件、10月事件とクーデターの陰謀が露見し、世の中は混沌としている、そんな中、事件は起きる。
内閣は第2次若槻内閣となり総選挙に討って出るが惨敗し替わって登場したのが政友会の犬養毅。
が、その犬養も暗殺されるという異常事態に。
結局、田中内閣から近衛内閣まで僅か8年間に9回も内閣が代わり、その度に軍国主義の台頭を許していった。
だが、歴史に名を残した井上日召らの世直し運動には警鐘こそ鳴らしめたが未来図がなかった。
破壊のみあって建設がない。
国を憂うる気持ちがあればテロルは許されるのか。
日本史は暗殺の歴史でもあるが、果たしてこれらの人々を葬り去って、さて、井上日召の目的はこれで達成されたのだろうか?
当時を知らないまでも同じ昭和に生まれた者として感慨深い。
因みに井上日召の本名は井上昭。
昭和の昭の字を二つに分けた名前である。
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