愛に恋

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ヘンリー・ミラーのラブレター ホキ・徳田への愛と憎しみの記録 江森 陽弘 

最近、日本でもドン・ファンなる人が死んで20代の妻がいることを知ったが、芸能界でもこのような歳の差婚は珍しくない。
まあ、他人事で要らぬお世話なのだが、75歳になった時にいくら美人でスタイルがいい相手が現れたからといって28歳の女性と結婚できるかといえばNOと言いたい。
第一、考えてもみよ、ピチピチの若い女性に皺々な肌を見せられるかっちゅうの。
相手はキスも躊躇うのではなかろうか。
更に恥を忍んで言えば、こちらはもう勃起不全、しかし相手はまだまだこれからが女の盛りで間違いなく不満が出てくるのを分かっていて、どうして互いに結婚に踏み切れるか理解に苦しむ、そんな老醜を曝すなんていうのはまっぴら御免だ。
 
しかし、女性遍歴百戦錬磨のヘンリー・ミラーはどうしてしまったのだろうか?
ナイト・パブでピアノを弾いている47歳下の徳田浩子ことホキ・徳田に熱を上げてしまった。
きっかけは「ピンポンの強いオジイサンがいるよ」と友達に連れていかれたことから始まるがホキは読書などしない女性なので文豪ヘンリー・ミラーと言われても知らなかった。
枯れ木のようなオジイサンをピンポンで軽く負かすと、みんなで飲みに行き弾き語りをしている自分のパブを気軽に教えたのが運命の始まりだった。
 
すっかりホキに熱を上げてしまったヘンリーは次第に毎日に通うようになりホキの弾き語りを聴き入る。
片言の日本語を話すヘンリーのお気に入りは「ハマグリ・ボボ」「OMANKO」
そんなヘンリーをホキはどう思っていたのか証言がある。
 
「なにしろ相手は47歳も年上の老人よ。そばに行くのさえいやだなあ、ちょっと、待ってえ、って感じだったわけよ。握手なんか、するじゃない。手に触れると、肌が冷たいわけ。分かる? 冷たい油が肌の上にぬってあって、それに触れるときの、なんともいえない感じなの」
 
さらに友達には「気味が悪い」とまで言っている。
解らない、ヘンリーは100人を超える女性と放蕩の限りを尽くして来た強者ではないのか。
にも拘わらず、何故、小娘なんかに愚弄されてまで熱を上げるのか、男の沽券に関わる事案ではないか。
75歳にもなって自分が周囲に対し如何に恥を曝しているのかどうして分からないのだ。
文豪にしてこのザマということは或いは女性関係は数をこなしても学習にならないということか。
 
余談だが先日、日頃から仲良くしている二階の76歳になる独り暮らしの「おかあさん」に「誰か男紹介してやろうか、いくつぐらいならいい、80歳ぐらいならいい」と言ったら「私がヨボヨボなのにそんなヨボヨボ要らんわ」と笑いながら拒否された。
 
とにかくまあしかし、ヘンリーとホキは結婚したわけだ。
アメリカで暮らすための永住ビザの取得に迫られたためだともいわれるが、ホキは5番目の結婚相手で初婚は26歳の時、フランス人とインディアンの混血。
2番目は33歳でルーマニアのジプシー。
3番目は53歳でポーランド人。
4番目が61歳で英仏独の混血。
そして5番目にして初めての東洋人というわけだ。
 
だが当然のこと、この結婚は世界を驚かせた。
衰えたとはいえまだまだヘンリー人気は衰えず週刊誌記者の質問は専らSEXに集中する。
まあ当然といえば当然だが。
ヘンリーが存命の頃は「まあ、ご想像におまかせします」胡麻化していたが没後はこのように語っている。
 
ヘンリー・ミラーさんと何もなかったなんて信じられない。そのはけ口はどうしたの。やってもらわないと体が悶えたでしょ」
 
「私はSEXは5番目、という淡泊な男の人をたくさん知っているのね。結婚もせず、肉体的にやる、やらないはその時の気分、という人で、インテリや自由人に多いのね。特に女性週刊誌の記者には分かってもらえなかった」
 
どうだろうか、この意見。
まず、女性週刊誌の記者には分かってもらえなかったということは、私なら耐えきれないと言っているようなものだが、SEXは5番目なんていう男がそんなにたくさんいるものだろうか。
確かにホキならそれでバランスが取れたのかも知れないが、他の女性ならせめて2番目にしてという人も当然いるわけでボルトとナットの組み合わせのまずさが離婚に繋がるのは世の習いではなかろうか。
 
ともあれホキはヘンリーが描いた絵の展覧会と売却のため日本に旅立ち記者会見、テレビ、レコーディング、ヌード撮影と忙しい日々。 
 

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 その間一向に帰って来ないホキに対し送った手紙が72通と12の電報、それに対しホキが出した簡単な返信が7通。
如何に愛情が少ないか物語っているようだが、それに関しての証言もある。
 
「私の身にもなってよ、とにかく手紙をくれって世界の果てまで追いかけて来るわけよ。それも「愛している」と書かないとご機嫌悪いのね。だから仕方なく書くわけだけど、私だって気分が乗らない時だってあるわけよ。返事を出さないでいると途端に険悪ムードになっちゃうの。「もう、お前とは・・・」。ローマに行けばローマのホテルに電報が来るし、パリに行けば嫌味の手紙が舞い込む。一日に二通も三通も来るけど封を切らなくても分かるわけじゃない。だから庭に行っても、いつも、あの低いしわがれ声が響いてるっていう感じだった」
「洪水のように来る手紙に対して洪水のように返事は書けないわけよ」
 
この症例を見ていると所詮恋は惚れた方が負けということがよく分かる。
かといってホキの旅費は絵の売り上げやヘンリーのポケットマネーから出ているわけで引くに引けない気持ちも分からぬではない。
色恋事の難しさはまさにここにある。
あんな男、あんな女と分かっていても離れられないということも多々あるのがこの世界、ホキは一種の小悪魔ですよ先生。
恋は思案の外といいますからホント痛いほどよく分かります。
 
ところでヘンリー邸にはプールがあるらしいが、遊びに来る客たちは男女問わずみんな素っ裸で泳いでいたとホキは言っているが結局ヘンリーは3年間の結婚生活を通じてホキの裸を一度も見たことがなかった、いや、見せてもらえなかった。
これは果たして結婚といえるだろうか?
昔、いしだあゆみにこんな歌があった!
 
♪ あなたならどうする あなたならどうする
  泣くの歩くの死んじゃうの
  あなたならどうする
 
本当にあなたならどうするだよまったく。
ホキに対する最後の手紙にはこうある。
 
近いうちにホキに会うかもしれない。その時は別の目であなたを見るだろう。
不可能を求めて時間を無駄にするほど人生は長くない。
 
二人の結婚式に出席した日本人が今でも健在なのでお話を聞きたいです雪村いずみさん。