居眠り狂志郎の遅読の薦め

喰う寝る読むだけの素浪人です

山下清の放浪日記

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義務教育時代の九年間、どちらかと言えば落ちこぼれ的な存在だった私に幾ばくかの慰めと安らぎを与えたものは遠足と社会見学だった。
今一つに音楽鑑賞もある。
とにかく時間内に大人しく音楽を聴いているだけでいいのであるからして、これほど楽な授業もなかった。
ただ、毎回クラシックというところが難と言えなくもないが、まさかブリティッシュ・ロック鑑賞とまではいくまい(笑
 
だが、それ以上に私に集中と感動を齎せた授業があった。
全校生徒が講堂に集められ、始まるのは何と映画鑑賞会!
今の時代はどうか知らぬが、昔は文部省推薦作品などを見せることによって道徳教育の一環としていたのではなかろうか。
元来、映画好きな私にとってはこれほど楽しい授業もない。
因みにどんな映画を見たのか記憶を辿って書き起してみると。
 
『家族(山田洋二監督作品)』
『若者たち 第一部』
橋のない川 第一部』
『この道』
交響曲第6番 田園 カラヤン・ドキュメント』
『ウィーンの森の物語』
 
などだが、いつだったか『裸の大将』が上映された年があった。
調べてみると少し古いが1958年東宝製作で小林桂樹主演のものがある。
おそらくこの作品ではないかと思うが、或は、山下清本人のドキュメンタリー映画だったか記憶にない。
ただ、年代的見て雁之助主演作品ではないことは確かだ。
 
それはともかく、私は山下清の『長岡の花火』という作品が好きなのだが、肝心の彼の半生については全く存じ上げぬ次第。
先日のこと、少し足を延ばして、お気に入りの古書店へ一期一会のブラタモリ
書棚を物色すること暫し、見つてしまったのである。
 
山下清の放浪日記』
 
山下清の日記、そんなものがあったんだ!
さすが、これだから古本店は定期的に探索しなくてはいけない。
読書家の必須項目である。
迷うことなく購入して、さてさて、ページを捲ってみると、どうも日々、小まめに記載していたわけではなさそうだ。
感心するのは旅巡りである。
それも金が無いから徒歩の場合が多い。
行先を間違えないように線路伝いを歩き宿泊は駅舎。
 
なぜ、こんな旅烏の生活をしていたのか、戦前戦中は専ら徴兵逃れのためである。
姿をくらまし、検査を免れようという魂胆だが、知っての通り山下には言語と知的に障害があり、到底合格するとは思えないのだが、本人は体が丈夫だという認識から兵役に付けば、萬年二等兵として上官から殴られるのを酷く恐れていたとある。
 
だが、どうしたわけか放浪暮らしは終戦後も続き、生涯定住先を求めなかったのか、とにかく腹が減れば沿道の集落を訪ね歩き握り飯などを貰って糊口を凌いでいたようだ。
では、年中無職かと言えばそうとも言えず、常に農家などを訪ねては職の当てを探してはいた。
しかし、折角、職に在り付いてもある一定期間を過ぎると放浪癖が治まらず姿を眩ましてしまう。
 
ただ、不思議なのは日記の何処を見ても落ち着いて絵を描いている場面がない。
何でも山下は驚異的な映像記憶力の持ち主で、その場で描かなくても、家に帰ってから脳に記憶された鮮明画像をキャンバスに描くことが出来たとか。
とても不思議な人物だが、こう放浪癖が板に付いた人生で、孤独感というものを、どう捉えていたのだろうか。
山下の心の中をもっと覗いてみたいような衝動に駆られるが、果たしてこちらが質問したことに対して思うような返答が得られるかどうか。
 
しかし、後世、これだけ有名になるとは思っていなかったと思うが『裸の大将』と言えば誰も知らぬ人がいないとあらば、それはそれで良かったと解釈したいものだ。
山下は特に花火大会が好きでよく見に行ったらしいが童心を抱えたまま大人になったような人だったのだろうか。
どこか儚げな花火大会。
それを見ているランニングシャツの彼の後ろ姿が目に浮かぶようで何かしら哀しい。
 
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ところでこの写真、難波の戎橋ですよね。
実に感慨深い、この場所に立っていたなんて!
 
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