愛に恋

    読んだり・見たり・聴いたり!

命短し恋せよアート

ワシーリー・スリコフ 

《自画像》1848年1月24日-1916年3月19日 (68歳) 《大貴族夫人モローゾヴァ》 《イェルマークのシベリア征服》 帝政ロシア末期の画家。 しかしこの気の遠くなるような緻密さ。 なぜこんなことが可能なのか不思議でしょうがない。 どうやって描いていくのか想…

ウォルター・ラングレー 1852年6月8日 - 1922年3月21日 69歳

《網の修繕》 (1905) 《ニューリンの風景》 《引き潮の間》(1901) 《挨拶》(1904) イギリスの画家 トルストイの著書『芸術とは何か』の中でも高く評価された画家。 リアリズムをとことん追求することの好きな私は、これらを一つひとつ丹念に描いていくことの…

読書をする女 part.2

ヘラルト・ドウ アルフレッド・ステヴァンス Francis Owen Salisbury CharlesSpencelayh ペーダ・イルステズ『読書する女性』1907年 David Bles 読書レディ (1869) ディーン・コーンウェル 読書中の若い女性の肖像 1862-1960 「読書をする女 part.2」 いろい…

サミュエル・ファン・ホーホストラーテン 1627年8月2日 - 1678年10月19日 51歳

《自画像》(1647年頃) 《窓から外を眺める老人》(1653年) 《貧血症の女》(1667年頃) 《静物》 オランダ黄金時代のオランダ人画家。 初めは《窓から外を眺める老人》という作品に目を引いたが、《静物》という絵をよくよく見ていると、絵とは思えないほ…

フリードリヒ・シーガート 1820年3月5日-?

《小さな美術鑑定士》(1863) 《アーティストの仕事場にいる子供たち》 ドイツのノイヴィートに生誕。 20歳のときにベルギー、オランダ、ミュンヘン、ウィーンの旅をし、17世紀オランダ、フランドル絵画に影響を受け、デュッセルドルフのアカデミー出身のもっ…

サルバドール・ダリ 1904年5月11日 - 1989年1月23日

1951年 1963年 《パン籠(恥辱より死を)》(1945年) 天才ゆえの傲慢は許容する、というのが、まず文明社会の不文律なのである。

ジョン・コリア 1850年1月27日 - 1934年4 月11日)84歳

《ジョン・コリアの肖像》(1882年 - 1883年) 《チャールズ・ダーウィン》(1881年) 《リリス》(1892年) 《ゴダイヴァ夫人》(1898年) 《Pomps and vanities》(1917年) イギリスの著作家ラファエル前派の画家。 然し、このダーウィンの肖像画はよく描…

小早川秋聲 1885年(明治18年)9月26日 - 1974年(昭和49年)2月6日 89歳

《國之楯》(1944年) 従軍画家としては確かに異色な作品だと思う。 国威発揚とはならないこのような絵こそが本当の姿だったかも知れない大東亜戦争。 もちろん、始まった戦争は勝たねばならぬが、真実を伝えることも大事。 大正・昭和にかけて活躍し、《國…

ロートレック 《ムーランルージュの舞踏会》

この後ろ姿、まさしくロートレックですね、アトリエでしょうか。 その完成がこれ。 《ムーランルージュの舞踏会》(1890年 ) なんか、こうして見ると不思議な気がしますね。 以前、私も行って来ましたから、この場を借りて載せておきます。

マックス・ベックマン 1884年2月12日-1950年12月27日 (66歳)

マックス・ベックマン ドイツ表現主義・新即物主義の画家。 例によってナチから退廃芸術家とみなされ弾圧を受ける。 ナチの言うのはリアリズムを基底に、躍動感のあるような絵でなくてはならないということだろうか。 抽象的な物は一切排除すると。 《バーデ…

ジナイーダ・セレブリャコヴァ 1884-1967

《自画像》(1909年) 《バレリーナの控え室》(1923) 《ピエロの姿をした自画像》(1911) 《バーニャ》(1913) 《朝食》(1914) ロシアの女流画家。伯父はアレクサンドル・ベヌアで芸術家の家系の生まれる。1912年より「芸術世界」派の中心メンバーとして活躍。

ジョン・アトキンソン・グリムショー 1836年9月6日-1893年10月13日(57歳)

) 《ラウンドヘイパーク リーズ》(1875) ビクトリア朝時代の芸術家で、都市夜景と風景で知られる想像力豊かな画家。 ラファエル前派のイギリス人。 この奥行き、雨上がりなのか薄っすらと靄がかかって街全体が湿気に包まれ陰鬱な感じがするが、目を逸らす…

ジャン=バティスト・ベルトラン

《オフィーリア》(1871年) オフィーリアは、王子ハムレットの恋人で、ハムレットに罵倒され、父親を殺害されたことで、悲しみのあまりも正気を失い川に落ちて溺死。 然し、最近思うには、美術史に登場しない才能ある画家の何と多いことか。 それこそ無限大…

アレクセイ・コルズーヒン  1835—1894

アレクセイ・コルズーヒン 《婚前の宴》(1889) 《Girl》 (1877) 《Before Confession》 (1877) ロシアの画家、この三枚目の絵、凄っごいね! 人物以上に室内全てをつぶさに見たくなる。 徹底したリアリズム、う~ん素晴らしい。

お葉

これは「責め絵」を得意とした伊藤晴雨という画家の作品。 明治15年生まれの晴雨は放蕩三昧を尽くしながら芝居絵などを描いていたが、34歳の時に、お兼という12歳のモデルに出会い、彼女に惚れ込み責め絵の世界に入っていった。 大正五年から七年までの期間…

ジャン=レオン・ジェローム 1824年5月11日-1904年1月10日 (79歳)part.2

《アレオパゴス会議のフリュネ》(1961年) 《指し降ろされた親指》(1872年) 《灰色の枢機卿(黒幕)》(1873年) 《ローマの奴隷販売》(1884年) 《ブルサの大浴場》(1885年) 《剣闘士》 フランスの画家・彫刻家 この見たことがない時代の圧倒的リアリズムで…

パーヴェル・フィローノフ 1883年1月8日-1941年12月3日 (58歳)

左から3人目がパーヴェル・フィローノフ 《男と女》(1912-1913) 現在、 ロシア・アヴァンギャルド美術の代表的美術家として位置付ける評価がなされているらしいが、死亡年月日が意味深だ。 死因については肺炎とも餓死とも言われると書かれているが、ドイツ…

ロバート・デマシー (1859-1936)

ロバート・デマシー、フランスの絵画写真家。 日本ではあまり知られていないのか、検索してもよく分からなかった。 1914年以降、二度とカメラに触れなかったとあるが、まず、絵画写真家とは何かと、これまた検索すると!「写真のような絵画」、注文殺到 価格…

アルノルト・ベックリン 1827年10月16日-1901年1月16日 73歳

第1バージョン、1880年 バーゼル市立美術館 第2バージョン、1880年 メトロポリタン美術館 第3バージョン、 1883年 ベルリン美術館 第4バージョン、1884年白黒写真でのみ現存する (1884年)第二次世界大戦中に焼失 第5バージョン(1886年)ライプツィヒ造形美…

読書をする女 

フェデリコ・ザンドメネギ《良い本》(1897年) フリードリッヒ・フォン・アメリング 《読書する少女》 (1835年) マーサ・アムストロング ジョージ・クラウゼン 《ランプライトによる読書)(1909) フランシス・ミレー カール・ラーション ジャン・オノレ…

木谷千種 1895年(明治28年)2月17日 - 1947年(昭和22年)1月24日

《をんごく》1918年 「をんごく」は盂蘭盆に遠国(おんごく)から帰る祖霊を迎える遊戯唄のことで、子どもたちが列をなして歌いながら町内を練り歩く、大阪の夏を彩る懐かしい風俗と解説にあるが、書店でこの絵を見るとこんなことも書いてある。 「かつて自…

ジュール・ジョゼフ・ルフェーブル 1836年3月14日-1911年2月24日 (74歳)

《プリアモスの死》(1861年) (Odalisque(オダリスク)》 《ゴダイヴァ夫人》(1890年) 《ジャポネーズ》(1882年) 《真実〉(1870年) フランスの画家で《プリアモスの死》でローマ賞を受賞。 レジオンドヌール勲章も後年受賞している。 この中では《…

鈴木晴信 1725年-1770年7月7日

江戸時代、神社やお寺は人気の観光スポットだったとか。 自然、客を目当てに境内には水茶屋も出来るというもの。 水茶屋というのは、一椀五文ほどでお茶や団子を出す出店のことで、今の値段では125円ぐらいらしい。 その客寄せのために置かれたのが看板娘。 …

ヴィクトル・ヴァスネツォフ 1848年5月15日-1926年6月23日 78歳

《自画像》(1873年) 《眠れる皇女》(1926年) 《アリョーノシカ》(1881年) 《パリ郊外の軽業師》(1877年) 《皇帝ベレンデイの宮殿》(1885年) 《岐路に立つ騎士》(1878年) ロシア象徴主義 イワン・クラムスコイを師匠と呼び。同窓生にはイリヤ・レ…

ハインリヒ・ロッソ(1843~1897)

《罪》 柵を隔て、修道士と修道女のセックスを描いているが、性的に抑圧された修道女が、本来の煩悩に負けてこのような行為に及ぶことも、あながち無かったとは言えまい。 態勢的にはちょっとキツイようだが、一時の欲望を満たすためにはこのぐらいは我慢し…

朝妝 黒田清輝

「朝妝」とは(ちょうしょう)と読むらしい。 「妝」とは「装う、化粧」のことで、今では使わない言葉ですね。その「朝妝」がこの絵のタイトルで画家は黒田清輝。 名前を見ただけで薩摩人と分る人物だが、黒田は本来法律を学ぶために渡仏したが、その才能は…

ゲオルク・シュリンプフ 1889年2月13日-1938年4月19日 (49歳)

今日、三つ目の記事になってしまいましたが悪しからず。 新即物主義のドイツ画家なんて書いてあるが、そもそも新即物主義からして何のことか分からない。 ナチスに退廃芸術のレッテルを貼られたらしいが、ナチが何を退廃芸術にしてきたかは何となく解る。 然…

コンスタンチン・クルィジツキー 1858-1911年4月17日

《湖》(1896年) 素晴らしいね、私は遠近法と言われても全く、その術を知らないに、どうしてこのように写真と見紛うような絵が描けるのかさっぱり分からない。今更ながら絵画芸術の魅入ってしまうばかりだ!

フランチェスコ・パーオロ ミケッティ 1851.10.4 - 1929.3.5

フランチェスコ・パオロ・ミケッティ 《女の子の顔》 イタリアの画家,版画家。キエーティ地方生まれ。 どうこの一番上の《女の子の顔》。 ちょっと印象に残る絵だが。 こんな風に気になった絵画を載せていたら、ホント、キリがない。

パウル・クレー  1879年12月18日-1940年6月29日 (60歳)

《魚の周りに》 (1926) 《きょうだい》 (1930) 《城下町》 (1932) 《ローズ ガーデン》 (1920) 《夜の岩》 (1927) 《小さな庭幽霊》 (1929) クレーはスイス人らしいが、ナチスによる退廃芸術のレッテルを貼られている。 こういう抽象的な絵画を退廃芸術と…