愛に恋

    読んだり・見たり・聴いたり!

「ムーンライト・セレナーデ」 耳無芳一

武田百合子の『富士日記』(全三巻)を読んだことあるだろうか。その中の中巻にこんな件がある。「富士桜の花は、庭のところどころに、寄り添ったり離れたりして、薄白く浮いている。夜目には、人がひざまずいているか、佇んでいるか、うずくまっているかのように見えてしまう。私は急いで見て、急いで通り過ぎる。ほら、あの、耳無芳一に琵琶を所望して、毎夜聴きに集まる平家亡霊のようなのだ。お化けのおさむらいたちが、ひっそりとあちこちに座って琵琶を聴いているように思ってしまうのだ。あの話は怖いからな。御胎内の裏の林の中に散らばって咲いている富士桜も、夜の闇の中では怖いなあ。林の中であれが咲いているころは、夜はスピードをあげて、見ないようにして突っ走る。耳無芳一!! と思ってしまうから。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。そうなんです、子供の頃、東京の板橋の映画館だったと思うが、窓口に大きな『耳無芳一』のポスターが貼ってあり、上半身裸の芳一の身体に、あれは何だったのか、今思うと般若心経か、体を埋めるように書いてあり、私はそれを見て震え上がった。お化けは怖いなと。おやすみなさい、また明日。