愛に恋

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凪の光景  佐藤愛子

佐藤愛子の『血脈』は3巻で1900頁はあるだろうか、著者の父親、佐藤紅緑を中心に、サトウハチローら三代にわたる「佐藤家の荒ぶる血」の歴史を描く自伝的小説だが、これが滅法面白い。何しろ書き手が上手い。長編小説を書かせたら本領発揮だ。本作も600頁近くあるが読み終わるのが勿体ない。何の享楽も知らず、己の信念のために戦うことを生き甲斐とする元小学校校長・大庭丈太郎。謹厳実直な夫に仕えて40年、糟糠の妻・信子。庭続きには息子一家が住み、老夫婦は傍目には「幸福」そのものに写るのだが…。ある日、信子は戦中戦後の苦闘の中に埋もれた青春の日々を何とか取り戻すのだと突然、丈太郎に離婚を訴える。その渦中、息子は不倫にハマっていく。一見、平穏に見えた家族が崩壊の危機に立たされる様を実に見事に描き切っている。人の心に潜む思わぬ自分。夫婦間の諍いを見て来たかのように書き綴る筆力に誰もが引き込まれるだろう。素晴らしい作品だった。