愛に恋

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血脈 (中) 佐藤愛子

 
大河ドラマの中盤、佐藤家の行く末はと読み進めたが、休まる閑もなく紅緑とシナの苦悩は続く。
前編では四男の久が情死したところで終わったが、大東亜戦が始まり三男の弥(わたる)が徴兵で兵隊に取られフィリピンで戦死。
二男の節(たかし)が広島の旅館で愛人と就寝中、原爆でやられ帰らぬ人に。
 
長男八郎は戦後歌謡を象徴する『りんごの唄』の大ヒットで今や売れっ子作家。
ハチローの隆盛とは裏腹に、紅緑の才能は枯渇して老境の域に達し、日々、病の苦悩を訴えシナを苦しめる。
 
シナの長女早苗、次女愛子もそれぞれ所帯を持ち、子宝に恵まれたが、愛子の夫悟(さとる)がモルヒネ中毒に罹り、全てに嫌気が差した愛子は2人の子を置いて家を出る。
妻妾同居状態だったハチローの妻るり子が急死。
妾の蘭子がハチロー三番目の正妻となり、紅緑は昭和19年を振り返って日記に記す。
 
過去は煙の如く薄らぎ行きて近き頃の事件のみ記憶に残るためかも知れず、又老いぬれば安らかに残念を暮らさんと思いし望みが外れて益々煩瑣が加わるがためか、但しは若き時には大難小難を排して猛進する勇あるが故に意に介せざれども老後は其の煩に堪うる力なきがためか、范石湖は新年の書懐に「老境増年是減年」といい方狄厓は「不知最後屠蘇酒、増一年頼減」といいしは余りに悲観的にして面白からざるも我が老を知るものの淋しさは尤もなりというべし
 
紅緑は若き頃より漢籍に馴染んだが故に難しい文章を書く。
范石湖の新年の書懐、「老境増年是減年」はどう訳したらよい?
老境に達し、1年歳を取るごとに残りの人生が1年減っていく、とでも訳すか。
方狄厓の「不知最後屠蘇酒、増一年頼減」はどうか。
これが最後の屠蘇、酒となるやも知れず、年を経る毎に頼る者も減っていく、というところか。
 
嘗て才気横溢して精力漲っていた紅緑の面影はなく、ただ身体の不調を訴えるだけの夫に、今更ながら自分の人生とは何だったかとシナは問う。
紅緑は書く。
 
俗歌に待たるる身になるとも待つ身になるなというあり。死ぬる身になるとも残る身にはなるなとも言い得べしや。壮年の時には気付かざりしも、老いて初めて骨肉親朋のために長命すべく自愛せざるべからざる責任あるを知れり。哭泣の声を地下に聞く事は堪えられぬ苦痛ならん
 
紅緑は20歳の時、女千人斬りを目指すと公言し決起盛んなれども、今や老残の身を晒し頼るべき知人友人には先立たれ、果てしなく続いた怨嗟の生活が今、終わろうとしている様を、シナの立場から書く佐藤愛子の無常観漂う文章には心惹かれた。
昭和24年6月3日、佐藤紅緑は74年の人生に幕を閉じる。
下巻では死する者あれば生まれる者ありの佐藤家の苦悩が更に続くようで興味は尽きない。
 
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