愛に恋

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最悪の将軍 朝井まかて

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タイトルから想像して当然「生類憐れみの令」を悪法と捉え、それに拠って如何に町民が苦しめられ疲弊したか、犬公方様は人より、お犬様の方が大事、さぞ評判の悪い将軍綱吉の話かと思ったが、さに非ず、著者の歴史観は綱吉を名君のように扱い書かれている。

例えば綱吉にこのように言わしている。

 

「いや、言葉こそ美しゅうなくてはならぬ。人は言葉で物事を整え、思量する。言葉が心を作るのだ。常に言葉が糸となって人と人を結び、かかわりを織り成す」

 

確かにそうだ、綱吉の言うとおりだ。

更に武家諸法度を改定して、第一条「文武弓馬の道、専ら相嗜むべき事」「文武忠孝を励まし礼儀を正しくすべき事」と改め、武より文に励むようにとなっている。

諸国には高札を立てさせ、

 

忠孝を励まし、夫婦、兄弟、諸親類に睦まじく、召使の者に至るまで憐憫を加うるべし。もし不忠不孝の者あらば、重罪たるべき事。

 

と、目下の者への憐みの心を持つようにと言っている。

これは悪法などではなく善政ではないか。

ある武士にこう言わせている件がある。

 

永遠に生きるがごとく学べ、そして今日、死んでも良いように生きよ。

 

ホント、生涯学習を通じて、そのように行き、心を養えれば誠、素晴らしいのだが。

赤穂の浪士、討ち入り事件に関しては、初めて綱吉の側から読んだが、比較的簡略して書かれている。

 

「今朝、吉良家の義周(よしちか)殿より、遣いが参りまして、赤穂の浪人どもに討ち入られた旨、届け出がござりました」

「討ち入りじゃと」

この太平の世に、似つかわしからざる言葉を耳に放り込まれた、両の肩がふいに上がり、拳に力が入る。

「隠居、上野介殿、討ち取られましてござりまする」

「となれば、上野介の首は獲られたのだな。赤穂に旧臣どもは、神妙にしておったのではなかったのか。いや、まずは詳細を聞かせい

「今、調べておりまするが、昨日、浅野内匠頭長矩の元家臣、浪人者大石内蔵助良雄を始め朋輩四十六人が吉良邸に忍び込み、主君の仇として、吉良殿を討ち取ったとのことにございまする」

「主君の仇だと。仇討ちは、子が親のために行うものぞ、主君の仇を家臣が討つとは前代未聞、何たる心得違い」

 

と、激怒して、更に、

 

「深夜に忍び込むとは、野盗と同様ではないか、武士にあるまじき仕方ぞ」

 

と、盗人同様に扱っている。

大体が映画なので見るに、この事件に関して綱吉が出て来ることは先ずない。

よって、綱吉がどのように考えていたのかよく分からないし、そのような文献も見たことがない。

物語は歴史的事実を踏まえながら、あくまでもフィクションなわけだが、著者が女性だけに面白い。

この時代のことに女性が興味を持ち作品化する、更には読者を惹き付けて離さない時代考証武家言葉にすっかり参ってしまった。

正室も全面に押し立て、ラストは綱吉亡き後の柳沢吉保との悲しい会話で終わって行く、久しぶりに胸を熱くする本だった。

タイトルの「最悪の将軍」とは世間が言っているのではなく、綱吉、自ら望んだ将軍職ではなかったが、自分の治世は最悪なものではなかったかと正室に問うているのである。

過去、『ぬけまいる』『先生のお庭番』『阿蘭陀西鶴』『恋歌』『眩』と読んできたが、これからも目が離せない作家で、すっかりファンになった。 

 

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