「文学は職業ではない。呪いだ」トニオ・グレーゲルの言葉を口ぐせにしていた火野葦平の声が、体内におし入る焔の底から聞こえてくる。人づきあいがよく、豪放で磊落で、精力の権化のような印象を他人に与えていた火野葦平の仮面の下には、呪いにとりつかれた、業苦に皺められた灰色の素顔が隠されていた、その火野葦平が「死にます、芥川龍之介とは違うかもしれないが、或る漠然とした不安のために。すみません。おゆるしください、さようなら」と書いて睡眠薬自殺を遂げた。人の予期せぬ運命は突然の決断と運命によって訪れる。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。おやすみなさい、また明日。