黒沢映画を除けば、私にとって時代劇の名作と言えば以下の3作品。
『人斬り』『暗殺』『切腹』
家中一党、見守る中での水を打ったような静寂感。
武家の様式美に圧倒される。
千々岩求女殿やら、浪々貧苦の中に、座して死を待つよりは潔く腹掻っ捌いて果てんとは、誠に奇特なる心掛け、武士は誰しも斯くありたいもので御座るの。
お恥ずかしい次第だが、御先代直正様以来、赤供えの勇武を誇る当家でもそこもと程の覚悟の者は稀で御座る。
誠の武士の天晴れな死によう、心から拝見せんものと、家中一党御覧のように集まっておる。いざ、お心静かに。
(略)
これはまた異なことを申す。
近頃、江戸の町々に武士の風上にも置けぬ浪人者どもが、切腹を致すと証し諸家の玄関先を借りたいと強要、何がしの金銭にありつくというが、よもや貴殿は、いやいや、左様であろう、人品骨柄貴殿がそのような強請りたかりの輩とは、拙者、毛頭思わぬ。
ささ、お心置きなく。
未熟ながら、介錯仕る。
流儀は神道無念一流。
ご存知であろうとは思うが念の為に一応。
切腹の儀も世の移り変わりに従い次第に変遷しつつある。
従って実際には腹を斬るのではなく、三方の上も差料の脇差や短刀の類ではなく白扇など置く場合がある。
しかし、本日はそのような形式に流れた軽佻浮薄なお手軽なことではなく、全てを古式に則り作法通りに行う。
宜しいかな、このように腹を十文字に掻っ捌いて頂く。
それをよく見届けた上で拙者が介錯仕る。
十二分に掻っ捌いた上でなければ介錯の儀は仕らん。
宜しいかな、では。
差料を目の前に驚いているのは持ってきた刀がビデオの初めにあるように竹光ゆえのこと。
真剣ではなく「貴殿の差料」、つまり竹光で腹を斬れと言われている。
時代考証、筋書き、台詞まわし、いや、実に感服仕った!
脚本は橋本忍。
昭和37年の芸術祭参加作品です。
因みに「赤供え」とは井伊家の武具のこと。