戦時中、岡山に疎開していた横溝が地元の人から伝え聞いた過去の大事件をヒントに描かれた作品で、当時は横溝フェアーで映画も本も大ヒット。
犯罪史上に類例をみない「津山事件」を知ったのは、この映画を観る前だったか後だったか今となっては思い出せない。
怨みの根源は睦雄の家系にある「ロウガイスジ」という病。
つまり結核のことで「労咳筋」の意だと思うが、睦雄が2歳の頃、僅か9ヶ月の間に祖父、父、母を結核で亡くし、その後は祖母が睦雄と長女の二人を引き取り、移転先で生活していたらしいが、昭和10年頃に睦雄が肺尖カタルに罹ったのを期に村にロウガイスジという噂が広まった。
また、事件関連本には必ず出てくる「夜這い」という風習。
娯楽の全くない村里では古くからこの悪しき習慣があり、女性は複数の男性と関係を持ち、既婚者も例外のない唯一の娯楽。
徴兵検査は丙種合格、つまり不合格で村に残った睦雄にロウガイスジの噂が立つや、掌を返すように女たちは冷たくなっていく。
差別、迫害と感じた睦雄の怨みは骨髄に達っしたのだろう。
本書は過去に出版された津山事件関係の記述間違いを、訂正する意味合いもあって書かれたもので、これまで津山事件のバイブルと言われてきたのは、筑波昭氏の『津山三十人殺し 村の秀才青年はなぜ凶行に及んだか』で、事件関連本の多くは、これに依拠するところが大きく、私もその一人だった。
しかし今回、石川清氏は事件直後に作成された「津山事件報告書」の全文を入手し精査した結果、先の筑波版にはフィクションの部分があり、それを是正する意味でも本書を手掛けたかったとある。
舞台となった貝尾集落の人口戸数は昭和13年頃の統計で22戸、111人。
同年5月21日午前1時半、就寝中の祖母の首を斧で叩き斬り、その血煙を見て己を奮い立たせるかのように自宅を飛び出し隣の家に急行。
既に村に引かれている電線は切断済みで全戸は停電状態。
鬼畜と化した睦雄は意趣返しのように次々に家に押し入り、猟銃で頭を吹き飛ばし日本刀で切り刻んで30人の村民を殺害した。
村は阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、逃げた村人の報告で駆けつけた巡査らは、翌日、大々的な山狩りが行い猟銃で自殺している睦雄の遺体を発見。
遺書は犯行前に書いた2通と死の直前に書かれたもの、計3通が掲載されている。
残忍極まりない犯行だが、独り耐え忍んだ睦雄の苦悩は誰がどのように理解してあげれば良かったのか難しい問題も孕んでいる。
閉鎖された環境の中で、迷信や噂話しが真実として罷り通る社会。
根の深い問題ですね。
とにかく一度「津山事件報告書」なるものを読んでみたい。
何でも500ページぐらの本で全て旧仮名遣いらしいが是非見たいものだ。