愛に恋

    読んだり・見たり・聴いたり!

ジリアン・アンダーソン Part.4 

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1994年

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1996年

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(1997年)

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1996年

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2008年

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2001年

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2021年

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ジリアンさん、私『X-ファイル』のFBI捜査官ダナ・スカリー役でアナタを見て以来ファンになりました。映画で観るよりかなりエロティックなアナタを見て、さらに好きになりました。しかし美人ですね、再婚したんですよね、再々婚の時には立候補しますのでね。

妄想仏像見学会 part.22

『妄想仏像見学会二百十一回目』は【京都・三十三間堂/金毘羅王二十八部衆)(鎌倉)】です。国宝。158cm。

『妄想仏像見学会二百十二回目』は【京都・三十三間堂/難陀竜王二十八部衆)(鎌倉)】は国宝。159cm。

『妄想仏像見学会二百十三回目』は【京都・仁和寺/薬師如来坐像(1103年)】

『妄想仏像見学会二百十四回目』は【香川・曼荼羅寺/聖観音立像(平安)】です。

『妄想仏像見学会二百十五回目』は【滋賀・正妙寺/千手千足観音(平安)】です。

『妄想仏像見学会二百十六回目』は【京都・広隆寺/千手観音立像(平安初期)】です。像高266センチ

『妄想仏像見学会二百十七回目』は【奈良・室生寺/伝・釈迦如来立像(9世紀末)】です。

『妄想仏像見学会二百十八回目』は【京都・三十三間堂/東方天(二十八部衆)(鎌倉)】です。

おはようございます。今朝の『妄想仏像見学会二百十九回目』は【奈良・大安寺/楊柳観音菩薩立像(8世紀)】です。像高168.5cm 。

『妄想仏像見学会二百二十回目』は【京都・金剛心院/如来立像(伝宝生如来)(奈良)】です。像高82.6cm。

「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。 老境の習い

カフェで本を読んでいると、中年女性や老婆の聞きたくもない話が耳に入って来るものである。自身の病や孤独の身の上をこぼすのが老境の習いであるが、なかにはとめどなく愚痴に類することも多くなる場合もある。併し、そのぐらいならまだよい。行きつけの店たるや、近くに流行りのパチンコ屋があるので、何組かのおばちゃんたちが、自宅のリビングで話すが如く、今日の出具合などを話、かまびすしいこと蝉の如しである。彼女らは1年365日会って話さないと、夜も昼も空けぬらしい、まるで高校生のようでパソコン、読書、勉強などしている人には大迷惑な老害的存在になっていることが気付かない。はたせるかな男はあまり群れないが、ここに例外がある。毎度やって来る二人のおじさん、これまた大きな声で競馬新聞を見ながら話し込んでいる。どの場所にいようと内容が筒抜けになるほどの大音量。よくもまあ大人として恥ずかしくないものだと呆れるばかり。ネットで「老人って、何のために生きているのですか? 人に迷惑をかけるためだけに生きているとしか思えません。」まあ、そこまでは言い過ぎだとは思うが、老害は治らない病ではある。「ムーンライト・セレナーデ」のお時間です。ひたすら読書をしていて群れない私は、人に迷惑をかけることはないが、いずれ老害と言われることのないよう、気を付けねばならぬ。おやすみなさい、また明日。

「パイレーツ・オブ・FM」を始めます。ラフマニノフの『ピアノコンチェルト2番』

youtu.be

クラシックなんて聴かないなんていう人も、どこかで耳に挟んだ曲だと思いますが、とにかく長いですからね、一流のピアニストの指の動きなど見ていると、とても人間業とは思えません。もはや神の領域です。これを作曲する人がいて、それを弾きこなす人がいるから驚きです。それはジョージアグルジア)出身の天才ピアニスト、カティア・ブニアティシヴィリです。 母国語であるグルジア語の他、フランス語、英語、ドイツ語、ロシア語等を話します。こんな人と結婚したいな。

歴史―二本松藩士の維新 榊山 潤

本書は古書市で買ったと思うのだが、先ずタイトルに惹かれた。幕末、会津戦争や長岡城攻防戦で有名な北越戦争などはよく知っているが、二本松の落城に関しては殆ど纏まった本などなかったので、作者は無名でもこれは買うしかない1冊だった。読後、解説で初めて分かったが、第一部、二部からなるこの本の発行は昭和13年から14年とかなり古いもので、第三部として明治15年の福島事件を扱ったものがあるらしい。自由民権派河野広中と、それを弾圧する三島通庸の話で、ぜひにも読んでみたいが、これに巡り合う可能性はかなり低そうだ。さて、冒頭すっかり忘れていたが、慶応4年4月20日未明の奥羽鎮撫参謀世良修蔵が福島北町の妓楼で暗殺されるところから始まる。仙台藩士6名と福島藩士3名らによって捕縛され斬首となる。この頃、上野の彰義隊も壊滅して東北各藩は奥羽越列藩同盟を組織して、迫りくる官軍と対峙しようとしていたが、何分、自藩大事ということで纏まりに欠く状態で、官軍は別個に藩を撃破、負け戦になった激動の時代に名もない青年が、眼に見えない歴史の力に翻弄される姿を敗者の側に立ち描いた新潮賞受賞の力作となっている。歴史は勝者によって書き換えられるというが、著者は敗者としての論理を実に深読みして、読み手を納得させる名作ではないかと思う。

マリリン・モンロー Part.56 

1952

1957

1950

1962

1954

モンローさん、どう考えてもアナタしかいません。
ハリウッド史上、最大にして最高の女優でしょ。

アナタ以上に可愛い人はいません。

アナタとカフェに行くことを想像すると、まあ何とも周りの人の驚きの顔が眼に浮かびます。

誰もが一斉にアナタを見ますね。

私としては恥ずかしいやら嬉しいやら、どや顔をしたい気分です。

いつの日か必ずアナタをものにしたいと思っています。

フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー 1793年1月15日 - 1865年8月23日

フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラー

装蹄師にて》

《ウィーンの森の早春》(1864年

《新婚夫婦の入口》(1859年)

《岐路の恋人たち》(1861年

《森での出会い》(1863年

《聖体祭の朝》(1857年)

《中断された巡礼》(1858年)

《隣人》(1859年)

《中断された巡礼》(1858年)

《聖体祭の朝》(1857年)
オーストリア帝国のビーダーマイヤー時代の画家。ヴァルトミュラーは風景画もよく描いたが、彼は工業化されていく都市からの逃避的な意味を風景画に持たせた初めての画家であった。