居眠り狂志郎の遅読の薦め

未だ休読日に至らず

チンチン電車と女学生 1945年8月6日・ヒロシマ 堀川恵子

 
毎年、8月になると必ずと言っていいほどNHKは戦争番組を特集する。
あの戦争を体験した多くの人を取材する中、良く聞くのが「生前、父は戦争の話しはあまりしたがらなかった」という証言だ。
しかし私の父は違った。
子供相手とは思えないほどの熱弁を振るった。
支那事変以来、特務機関員として従軍した父は数々の修羅場を掻い潜り、自らも脚に銃弾を受け、終戦と同時に逮捕された経歴を持つ。
 
父が復員船で帰国したのは博多で、実兄はそのまま福岡に定住することになったが父は一路、東京へと向かったらしい。
おそらく、その道中、汽車の中から広島の惨状を見たであろう父は、一面、廃墟となった市街を見て如何な感想を抱いたことだろう。
 
この本に登場する少女たちは女子挺身隊の女性ではなく昭和18年に創立された「広島電鉄家政女学校」に入校した309人の女学生の話しである。
20年の4月まで三期生が在校したらしいが彼女らは単なる生徒とは違って戦局が厳しくなる中、次第に減っていく男子に代ってチンチン電車の運転手と車掌として乗務することが使命で年齢は僅かに14歳から17歳。
 
著者は既に風化してしまった学校の存在から場所、元生徒など丹念な取材で掘り起こし、あの日、何処でどのようにして被爆したか調べ上げ、一冊の本として戦争の悲惨さを世に問うているのである。
当日は309人の生徒中、200人程が勤務中に被爆し多くの少女が命を絶った。
昔の人はよく「負けたから仕方がない」と言っていたが、戦争は勝つためなら何をしてもよいのだろうか。
日本人は黄色人種だから原爆投下も厭わなかったと聞いたこともある。
 
東京裁判では公平性を保つためアメリカ人のブレイクニー陸軍軍人を弁護人として立てているが、彼は被告を弁護するためにこんなことを言っている。
 
「戦争は犯罪ではない」
「国家の行為である戦争の個人責任を問うことは、法律的に誤りである」
 
そして極めつけは!
 
「我々は広島に原爆を投下した者の名を挙げることができる」
 
アメリカ人の弁護士として、その誠意が伺い知れる答弁で日本側を驚かせた。
つまり、勝てば官軍で勝者には戦争犯罪は適用されないということを如実に物語っている。
単純だと言われるかも知れないがアウシュビッツが犯罪で広島は合法。
 
戦後生まれの私には本当の意味での戦争の悲惨さは分らない。
しかし一瞬にして一つの都市を破壊する威力を持つ爆弾を人口密集地に実際に落してみるという、この心理はどう考えたらよいのか。
トルーマンには是非、現地視察をしてもらいたかった。
確かに原爆投下を見ずに本土決戦となった場合、よく言われるアメリカン側の死傷者は100万という説も満更嘘とは言わないが、戦争が非常なものと理解しつつも非戦闘員を一瞬にして10万も焼き殺す、これも戦争というひとつの現実か!
 

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