愛に恋

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神屋宗湛の残した日記  井伏鱒二

本書を購入した時には全編「神屋宗湛の残した日記」かと思っていたが豈図らんや、表題作以外はエッセイだった。中でも驚いたのは「普門院の和尚さん」という一遍で、和尚さんとは幕閣・小栗上野介など、小栗家歴代の墓を守る僧正で、昭和七年十二月、上野の図書館に通い小栗家の資料を研究をしていた時、慶応四年、群馬県権田村鳥川畔で小栗上野介の首を斬った張本人原保太郎が現在まで生きていることに驚き、早速手紙を書き、自分と小栗の写真を入れて面会を乞うた。原保太郎とは東山道先鋒総督府吏員で簡単にいえば官軍だが、本人に会い、和尚はその非をなじっているのである。維新後の原は山口県令、北海道長官、貴族院議員と栄転を極めている。これは意外な事実であろう。尚、小栗上野介に関しては現在石碑も立ち『罪なくして斬らる』という本に詳しい。扨て、神屋宗湛だが、知ってのとおり彼は茶人で、神屋宗湛の日記 というのは実在するらしい。それを井伏が部分的に現代訳語したものだが、それでもかなり難しい。そもそも私は茶道、華道、掛け軸、骨董などにはずぶの素人なので漢字も読めなければ、どのような品なのかさえも分からない。宗湛はあの天正十年六月の本能寺の変の当日、寺で変に遭い、掛け軸など持って例の弥助と共に逃げ出したとある。以来、関白秀吉に使え日々、茶会で忙殺されている様子が書かれている。今井宗久ほか西軍側の大名などがよく登場する。石田治部少輔、小西行長高山右近大友宗麟等々。ともあれ宗湛は茶会の度に出品される名画名器の名前を丹念に書いていたらしい。