愛に恋

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ジャン=バティスト・カミーユ・コロー Part.3 

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《自画像》(1830年頃)

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《シビル》(1870年頃)

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《野原の 4本の木》(1868-1870年頃)

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《農場の風景》(1865-1868年)

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《青い服の婦人》(1874年)

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モルトフォンテーヌの思い出》(1864年

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《ローマのファルネーゼ庭園》(1826年)

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《ソドムの炎上》(1850年頃)

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《ティヴォリのヴィラ・デステ庭園》(1843年)

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《フォンテーヌブローの農家》(1865-1873年頃)

19世紀の4分の3を生き、バルビゾン派の七星の一人。次世代の印象派との橋渡しをした画家である。詩情あふれる森や湖の風景画で知られるが、『真珠の女』のような人物画にも傑作がある。1825年から計3度イタリアへ旅行し、イタリア絵画の明るい光と色彩にも影響を受けている。理想化された風景でなく、イタリアやフランス各地のありふれた風景を詩情ゆたかに描き出す手法はのちの印象派の画家たちにも影響を与えた。

晩年にはドーミエなどの貧しい画家に援助を与えていた事でも知られ、多くの画家から慕われていた。

然し、時代劇スター七剣聖、七人の侍、七人の刑事、竹下派七奉行、そしてバルビゾン派の七星と、七という人数は都合がいいのでしょうかね。

まあ、それはともかく貴方、優しいお人柄だったんですね。

絵も風景画から人物像まで描いておられる。

いい感じですね。