ナタリー・ウッド

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ナタリー、貴女が派手に浮き名を流したのは、やはり『理由なき反抗』ということでしょうか?

それにしても随分、男を渡り歩いたものですねぇ。

貴方の亭主となったロバート・ワーグナーね、あの人、中学の頃から知っていましたが、まさかその人の女房だったとは長らく知りませんでした。

まあ、そんなことはいいのです。

離婚だろうが不倫だろうが構いません。

ウエスト・サイド物語で踊っていたジョージ・チャキリスみたいには踊れないけど、私が貴女を長年待っているということだけは、誰にも負けないつもりなんだ。

そろそろどうですか、私と浮名を流してみませんか。

マリア、マリア、マリ~~~アと高らかに歌っていますので、見つけてください。

お願いしますよ!

下町ロケット 池井戸潤

 
正直に言えば、あまり興味のない本だった。
長らく積読状態では可哀そうだと思い、読んでみたというのが感想だが、しかしこれが滅法面白い。
あまりエンターテインメント系は読まないのだが、いつしか感情移入させられる本で、いや・・・確かに面白い。
少し、専門知識を要するあたり、かなり実力のある作家だと思う。
第145上半期直木賞受賞作で、これはもう文句なしだろう。
 
いつも、黴の生えたような古臭い本ばかり読んでいてはいけないと思い、たまにはこのような平成文学も読まないと、こちらの頭まで黴が生えてしまう。
お陰で充分活性化出来た。
山場はいくつもあり、不可能かと思う場面を乗り越え、一丸となって目標へ進むあたり、まるでこちらまで佃製作所の従業員になったような気持ちで読み進む。
緊張感を持って読了でき、太鼓判を押したい。
だが、直木賞には珍しく本書はシリーズ化されている。
 
下町ロケット ゴースト
下町ロケット ヤタガラス
 
まだ、文庫化されていないが、さて、どうしたものか、読むべきか、読まざるべきか、それが問題だ!
 
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佐藤家の人びと―「血脈」と私 佐藤愛子

 
 「敵の虚を突いて塁を盗むとは、正々堂々の戦いにあらず!」
 
佐藤紅緑という人は、野球観戦で盗塁するのを見ると、すぐこうやって怒鳴ったらしい。
また、ある時は隣の男性の貧乏ゆすりに腹を立て殴ったとか。
新聞記者時代には宿直室で師の陸羯南(くがかつなん)の悪口を言っていた同僚にランプを投げつけ、畳が燃え出すと、その上に座って消すという離れ業まで披露した。
 
紅緑の父弥六は元津軽藩士だが維新後、西洋小間物店を開き、お客が値段を聞くと、
 
「うるさい、なんぼでもいい、カネ置いていけ」
 
と怒鳴る人だったらしい。
愛子の母シナに至っては、嫁に貰いたいと言ってきた人の仲人に対してこう言ってのけた。
 
「あんな娘を貰う?およしなさいな。一生の破滅ですから」
 
と、仲人を帰らしてしまった。
矛盾を抱えながら生き、波乱の中に死んで行った佐藤一族の素顔。
『血脈』を読んでから、強く佐藤家の顔写真が見たいという衝動を覚え、この本だけは手に入れたいと本屋に飛んで行った。
 
対談、エッセイなども掲載されているがやはりお目当ては一族の写真。
それを食い入るように見入る私。
佐藤弥六から始まる紅緑と子供たち。
初婚相手の妻ハルとの間に長女貴美子、長男八郎、節、弥、久。
後妻のシナには早苗と愛子が生まれた。
 
そして八郎の妻くみ子。
再婚の妻るり子、再々婚の蘭子、そして子供達。
次男節と妻カズ子、異母兄弟の与四男。
小説に華を添えた登場人物の数々。
本来、家系図は縦に伸びていくものだが佐藤家に至っては横に広がっている。
後妻や妾が子を為しているため親戚だらけ。
 
しかし、写真を凝視していると、佐藤家の滅亡を見続けてきた愛子の哀しみが伝わってくるようで人の世の憐れを思う。
『血脈』の素晴らしさは、壮絶な人生を語るわりに、笑いのエッセンスが随所にあり、読者をして惹き込ませる。
フィクションと現実の接点が見事に融合して、流石に12年の月日と3400枚の大作だけあり傑作だと思う。
作者はこんな悲しみをたたえている。
 
「遠い日の故里の景色が立ち現れてくるように、あの頃が蘇ってきた。何ともいえない懐かしさ、もの悲しさが胸に広がっていく」
 
当時、佐藤一族に関わった人たちは、さぞ難儀したことだろうが、振り返ってみれば激しく生き死んでいった者たちの鎮魂歌を聴くようで、一族に対し愛しささえ滲んでくる。
 
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昭和18年、神宮外苑

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本日、最高気温23℃、天高く馬肥ゆる秋。

まことに平和な一日なり。

 

しかし、75年前、昭和18年の今日、神宮外苑では小雨そぼ降る中、学徒出陣式。

一体、何人の学生が戦塵に斃れたのだろうか。

祖国防衛のため、日本を滅亡から救うため。

哀しくなりますね。

映像に映る女学生も含め、今は殆どの人が亡くなったことだろう。

どうぞ、安らかにお眠りください。

 


学徒出陣

白蓮れんれん 林真理子

 
何年か前に永畑道子の『恋の華・白蓮事件』という本を読んで以来の柳原白蓮となる。
確か先述した本では、いきなり公開離縁状を新聞に投稿した場面から始まるようだったが、今回は白蓮こと本名宮崎燁子が炭鉱王伊藤伝右衛門に嫁ぐとこから始まっている。
白蓮は大正天皇の従妹で、嫁した相手は華族ではないが、何不自由なく暮らすはずだった。
しかし、常日頃、教養のない夫に愛想を尽かしていたようで、不倫相手となった年下の宮崎龍介なる青年は宮崎滔天の息子になる。
宮崎滔天とは所謂、大陸浪人で、後にアジア主義運動に加担し孫文蒋介石を助けて革命援助を行うような人物で『三十三年之夢』などを著し今日に名を留めている。
 
本書は1995年に第八回柴田錬三郎賞を受賞で、なるほど、宮崎家から提供された700通に余る白蓮・龍介の往復書簡を紐解きながらの小説化とあっては、大著が出来たのも頷ける。
出会いの始まりは、初対面の3日前、大正9年1月28日、燁子が別府の別荘に滞在中、届いた次の電報から始まる。
 
「コンゲツウチニソチヘユキマス」
 
今日まで残るこの一通の電報が、大正の世を騒然とさせた一大恋愛スキャンダルになろうとは、誰想像した人があろうか。
燁子が出奔した当時、伝右衛門は博多天神に大豪邸を建設中であった。
敷地5200坪、建築費80万円、それに狩野元信の襖絵を広間にはめる予定であった。
 
例によって余談だが、この襖絵は確か龍安寺の方丈にあったもので、廃仏棄釈で財政困難に陥ち入った折り、東本願寺に売却した71面の何枚かを伝右衛門が手に入れたものと記憶する。
ただ、作者を狩野孝信とするものがあるが、本書では狩野元信となっている。
 
さて、話を戻すが、燁子はただ金持ちというだけで兄に因果を含まれ、好きでもない男の下へ博多くんだりまで嫁いで来たはいいが、どうも生活に馴染めぬ。
そこで、こんなことを書いている。
 
彼の女もまた多情多恨の人、恋を謳ふこと既に幾十百種、頑屈な儒家などにその歌の一つ一つを見せたなら、彼の女既に空しといって、擂鉢のやうな眼を剥かう。
 
燁子は、夫が読み書きを出来ないことをいいことに、好きなように恋の歌を詠み投稿している。
 
思ひとは女と訓(よ)むか人の世の凡てのものを情と訳(と)く
 
ゆくにあらず帰るにあらず居るにあらず生けるかこの身死せるかこの身
 
何れにしても大正時代には姦通罪があり、伝右衛門がその気になれば龍介を訴えることも出来たが、それはしなかった。
このあたりは男の意地なのだろうか。
大正時代、地位向上を訴えた戦闘的な女には恋が付きも。
今と違って携帯やラインの出来ない、手紙だけが意志疎通を確かなものとする時にあっては、さぞ、ヤキモキする毎日であったろうことは想像に難くない。
私みたいなせっかちでは、もう身も悶えるほどの苦しみだろう。
それ故に、恋も熱い火の玉となって突進していくのではなかろうか。
 
その苦しいほどの胸の内を伝えるのが文学ですね。
それらのことを掘り起こし、考えてみるのが読書ということになるか。
 
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俺たちに明日はない

ボニーとクライドが射殺されたのは1934年5月23日のことだとか。

真下の写真はお馴染みのスナップ写真だが、それ以下、2枚目からは実際のもの。

衝撃的ですね、殺害された二人の写真を見るのは。

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俺たちに明日はない、本当に明日のない生き方だが、いずれ、こんな日が来ることを予期していたんでしょうね。

ウォーレン・ベイティフェイ・ダナウェイの最期とダブります。