愛に恋

    読んだり・見たり・聴いたり!

コンスタンチン・フラヴィツキー(ロシア1830年~66年)

先ずは本日3回目の投稿になってしまったので失礼をば致します。

 

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《皇女タラカーノヴァ》(1864)

このリアル感はどう!

併し、この人物に就いてはよく知りません。

調べてみると、18世紀の半ば、女帝エリザヴェータ・ペトローヴナの私生児として皇位継承を主張したタラカーノヴァは、エカテリナ2世によってサンクト・ペテルブルグのペトロパヴロフスク要塞に監禁され、1777年の洪水によって死亡したとあるが、その場面がこれになる。

確かにベッドの辺りまで水が上昇しているのが見てとれる。

それ故、恐怖に引きつった顔になっているようだ。

実際に見たわけじゃないのにここまで描けるということに驚く!

 

シュペー号の最後とその後

いつ頃だったかはっきり覚えてないが、凡そ40年ほど前のこと、こんな映画を見て内容に非常に興味を持った。

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史実に基づいた映画で調べてみると1957年1月16日公開とある。

イギリス巡洋艦3隻と交戦したシュペー号はウルグアイモンテビデオ港に損傷箇所修理のために立ち寄る。

修理には約2週間が必要と考えられたが、72時間以内の出港をウルグアイ政府より通告され、同地への抑留を禁じられたラングスドルフ艦長は、待ち構えるイギリス海軍と交戦することを諦め、自沈以外の選択を失い、自ら艦を爆破するというストーリーで、港には群衆が詰めかけ事の成り行きを見つめるとともに、全世界にラジオ中継が流れるという映画だったと思う。

実際の映像がある。


アドミラルグラーフシュペー自沈

 

ところがどうだ!

今日のニュースに驚いた、問題のアドミラル・グラーフ・シュペーに設置されていたブロンズ像が既に引き上げられ、売却して代金を政府と引き揚げチームで折半しなければならないとあるではないか。

ブロンズ像は発見以来、海軍の倉庫で保管され、今回、ウルグアイ裁判所は90日以内に売却を指示、オークションに掛けられれば、かなりの高値が付くものとみられる。

そりゃそうだろう、私も参加するか!

その前に倉庫を買わないとな(笑 

 

露風一派の詩を追放せよ

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      三木露風  

中野重治は昭和47年に、

 

「海外に出て、日本の詩人のはしくれでありながら、こいつが日本、と胸を張って言えるのは彼一人よりなかったというのは、なんとしても淋しい。そして、いまもう一度外国へ行ってもおなじことしか言えない」

 

と語っている。

「彼」の名は萩原朔太郎

確かに朔太郎こそは素晴らしい。

佐藤春夫は斯く云う。

 

「若さは、夢であり、花であり、詩である。永久の夢といふものはなく、色褪せない花はない。また詩はその形の短いところに一層の力がある。若さも亦、それが滅び、それがうつろひ、それが長くないところに一しほの魅力がある」

 

人の世の栄華の儚いことの譬えや束の間の盛りの事を、
 
槿花一朝の夢(きんかいっちょうのゆめ)
 
と言う。
むくげの花が朝咲いて、夕暮れには散ることからの譬えだが、煎じ詰めれば人生このようなものなのだろう。
併し朔太郎は、その短い人生に於いて気炎を吐かずにいられない。
曰く、
 
三木露風一派の詩を追放せよ」
 
謂わんとしていることがよく分からない。
若かりし頃に感動せしめたこの詩がある限り、追放というのはどうかと思うが。
 
 
「眠りたまふや」。
「否」といふ。
皐月
花さく、
日なかごろ。
湖(ウミ)べの草に、
日の下に、
「眼閉じ死なむ」と
君こたふ。
 
草履は履き古されて来たが、名言、名作は不滅かと思うがどうだろう。
朔太郎先生、露風さんはね、子供の頃に母と生き別れとなって、寂しい人生を送って来た人なんですよ、何もそこまで言わなくとも。

リンダ・カーター 1951年7月24日-

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リンダさん、いったい貴女はいくつになられたんですか。

調べてみたらもう来月で68歳にもなるんですね。

もったいない、貴女のような美貌と芸術的なプロポーションの持ち主は、そのまま年を取らずにおいた方が世の為だと思いますが、そんなことを言うと怒られちゃいますかね。

 

併し両親に感謝しなくちゃね、貴女自身もさぞかし自慢だったでしょう。

分かります、あたりまえですよね。

ウィキで見たんですが、経歴など映画以外のことはまったく載っていません。

結婚してるとかしてないとか、身長、スリーサイズも白紙です。

私、お誘い申し上げてよいのでしょうか?

 

 

 

イワン・クラムスコイ 1837年5月27日-1887年3月24日

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イワン・クラムスコイ《肖像画

イワン・クラムスコイという人を知らなくとも、この絵は見たことがあるはず。

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《見知らぬ女》(1883年)

約20年にわたってロシア移動派の知的・精神的な指導者であり続けた 巨匠だが、こればかりではなく以下の絵も見てほしい。

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《遣る瀬ない悲しみ》

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どれも素晴らしいが、中でも私を驚かせたのはこれ!

まるで写真のようではないか!

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《画家シーシキンの肖像》(1873)

クラムスコイの盟友である画家シーシキンの肖像画

彼らは共に移動展覧会協会を創立し、長年に渡る親友同士。

イヴァン・シーシキン1832年1月25日-1898年3月20日 (66歳)とは、その大半が森の絵で例えばこんな絵を描く人。

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画風は違うが、共に才能ある友人、こんな二人が羨ましい。 

現れたゴッホの銃!

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6月19日、フランス・パリで開かれたオークションでヴィンセント・ヴァン・ゴッホが自殺する時に使ったとされるピストルが16万2500ユーロ(約2000万円)落札された.。

 

これは驚きのニュースだろう!

ピストルは見つからなかったのではなかったのか?

そもそも、このピストルはどういう経緯を辿って現在まで残ったのか、それらのことは一度も読んだことがなかったので、突然現れたような気がして、どうも合点がいかない。

 

やはり、ゴッホは自殺でなかったのだろうか?

ゴッホは自殺ではなく二人の少年によって射殺されたのでは、という説はどうなんだ!。


「酒の席で一緒にいた少年が銃で手遊びをしていたところうっかり発砲、ゴッホに命中してしまった」

 

今となっては真相を確かめる術もないが、確かに自殺を図るには撃った場所からしておかしい。

確実に死にたいなら態々腹など撃たなくとも頭、または口に咥えればいい話ではないか。

撃ったが死にきれず家まで歩いて帰って来た。

決行するなら確実性を狙うべきで、あまりにも中途半端な結果だが。

まあいい、とにかくこの錆びた状態の現物はどうした訳だ。