幼年
柿の花咲いていたりけり そが下に幼きわれら散髪をする 機関車のやうに重きバリカンは 項にひんやりと冷たく触れ また何となく西洋のような匂いす
やがて短く刈りあがりしに 母来たりて青き頭を撫し 胸をはだけ乳を滴らし呪して 虫に刺さるるなかれ 風邪ひくなかれと 日の光さんさんとあかるく あんずの実は熟れよき日なりき
かくて一日を遊び疲れしわれら 大き藁屋の下 南の障子を頭にただやすらかにねむりぬ
田中冬二(詩集『花冷え』「幼年」全行 昭和十一年刊)
幼くして両親を亡くした思い出を、散髪を題材に母の面影を追っている。
詩人は、既に失われてしまった日本の原風景を圧しピンで壁に貼り付けるように残し、昔は何処にでもあった、ごくありふれた光景を、今だから詩に出来ると謂わんばかりに。
心の奥底を覗いた時にしか見えない懐かしき顔、今日も今日とて、私もその懐かしき顔に出会いたき一日なり。
ところで田中冬二の詩文集「三国峠の大蝋燭(ろうそく)を偸(ぬす)まうとする」とはどういう意味なんだろうか、難しすぎて私には分からない。
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