アンリ・ルソー 楽園の謎 岡谷公二

 
 
 
アンリ・ルソーとはこんな絵を描く人だが実に変わっている。
代々フランスのブリキ職人で父は不動産業にも手を出していたらしいが、全く美術史の中に系譜を持たない彼は一族の中でも変わり者の絵描きと思われ、原因として従妹同士で結婚した親族がいたことから劣性遺伝が出たのではというのが家族間の合意だった。
ともあれルソーは驚くべき幼児性を生涯持ち続けたとある。
 
性格的には不器用、真面目、正直、あらかじめ絵以外の余計な才能が与えられていなかったようなタイプだが、つまらぬ罪で二度も服役している。
初めて展覧会に作品を出品したのは1885年、評価は惨憺たるもので新聞紙に書かれた評を見ると!
 
アンリ・ルソー氏はラヴェル生まれとのことだが、パリにやってくるより、そこに残って、キャベツでも植えていたほうがよかっただろう。
 
これはあきらかに人物をなぐり描きで描こうとした10歳の子供の作品だ。
 
ルソーはそれらの批評を切り抜き丁寧にノートに張り付けていた。
批判をどう思っていたか知らないがルソーの絵には遠近法がない。
どれも平面状に描かれているのは何故か?
著者は言う。
 
彼にとって影響とはいったい何だったのか?
先人や同時代の画家たちの痕跡は、全くといっていいくらい見つからないのだ。
これは、ルソーの個性の強さもさることながら、むしろその絵画感からきている。
ルソーは美術史を全く頭に置かず、自分の絵画の位置について無知というよりは、一切心を労しなかった人間で、自分が所有したい、或いはその中で生きたいと望んだ世界を始終描き続けたにすぎない。
 
つまり、美術史や遠近法、系譜、影響なんかはどうでもいい!
私は、頭の中に浮かんだものを描くだけだ、ということか。
更に著者は続ける、少し長いが大事なところなので引用したい。
 
リアリズムを、対象を肉眼で見える通りに忠実・正確に描く、という一般的な意味に解釈するならば、ルソーの人物風景も、私たちの眼に映るようには描かれてない。
ルソーは、意図を実現できなかったのだろうか?
本能が意図を裏切ったがゆえに?
それとも技術上の未熟さから?
いずれの場合にしろ、ルソーは意図に反した作品を描いたことになる。
今日傑作とみなされているルソーの絵の多くは、少なくともルソーからすれば失敗作ということになる。もしそうなら、彼は自分を無能者と見なさざる得ないだろう。
少なくとも意識は分裂し、彼が終始持ち続けた晴朗さも「自己の力に対する意識」も、生まれる余地はなかっただろう。
 
結論として、
 
ルソーの眼は、私たちの眼とは違っていたと考えるほかない。彼は自分の眼に見える通りに、忠実に描いたのである。即ち彼は、幻視家だったのである。彼は、対象に忠実であろうとしたが、自己のヴィジョンに忠実だったにすぎない。そして彼は、そのことに少しも気付いていなかったのである。
 
なるほどね、そんな風に見えていたのだろうか。
では肖像画などモデルがほとんど真正面を向いている点はどうか?
ルソーは樹木の豊かな繁りを描かずにはいられない画家だが、風景画でさえ木々が正面を向いている。
つまり、ルソーに対する批判は技術上の未熟さだと指摘する評論家がいるのはこのためだろうか。
一方、構図の安定のために正面を好んだという考えもあるようだが私には判断できない。
遠近法にしても著者は、ルソーの感受性に全く反し、無縁な方法であったと言っている。
 
画家としての技術論はともかく私生活では孤独な一面を覗かせ、二人の妻と六人の子供を亡くし、1904年、見境のない画材の使い方が原因で債務不履行になり商会から訴えられている。
 
ところで著者はこの絵に釘付けになったと言っているが、これには納得する!
多彩な緑を実に上手く使い分けている。
 
 
私は、絵に文字通り征服されてしまった。私は、描かれたものが現実に存在するかのように、絵の持つ喚起力に心をとらわれてしまった。
 
と、感嘆。
本のカバーにもなった作品で大きさは204.5×299㎝。
生涯の傑作と言われているが、やはりアンリ・ルソーは天才なんだろうか?
ルソーはパリの慈善病院で誰にも看取られずに死んだらしいが、彼の命を奪ったのは脚に出来た癌性の壊疽で、その晩年、ルソーは稼いだ金の殆どを周囲が反対するにも関わらずレオニーなる女性に貢ぎ報われない一生を閉じた。
 
最後にエピソードを書いておきたい。
電話機の扱い方を知らなかったルソーは、知人の女性からの電話で初めて受話器を渡された時、近所中に聞こえる甲高い声で叫んだ。
友人が声を小さくするように言ったが、それに対する答えに唖然とした。
 
「でもあの子に聞こえるようにするには、大声を出さなきゃならないんです。だって、随分遠くにいるんですから」
 

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