女優万里子 佐藤愛子

 
現在、存命の作家で祖父が武士だったという人はおそらく佐藤愛子を於いて他にいないと思うがどうだろう。
祖父、弥六は何と阿片戦争終結した1842年(天保13年)弘前生まれで沖田総司大山巌と同年齢だとか。
福沢諭吉の門下生で幼児の頃から秀才の誉れ高く維新前には英学、蘭学を修め、維新後は『林檎図解』『陸奥評話』『津軽のしるべ』などを著し鴎外の『渋江抽斎』にも登場する弘前の名物男だったらしい。
 
その次男が明治7年生まれの佐藤紅緑になる。
昭和初期、少年小説の第一人者として文名を馳せ、豪傑にして数の子を生し、サトウハチロー、大垣肇、佐藤愛子と全て異母兄妹。
ハチローは佐藤はるはの子、大垣肇は愛人真田イネの子で愛子は後妻横田シナの次女とややこしい。
はるはには4人の息子が生まれたが皆が不良となり成功したハチローを除く3人は悲惨な最期を遂げている。
 
さて、前置きが長くなったが、この家系には粗暴、乱脈、色恋、そして文才という血が受け継がれているのだろうか。
佐藤愛子の『血脈』を読むと分かるが小説家としての才能は抜群で直木賞、女流文学賞菊池寛賞紫式部文学賞旭日小綬章などを受章し、私とは親子程の年齢差があるものの、この人が母親なら、さぞ面白かろうと思っている。
 
『女優万里子』とは愛子の母、女優三笠万里子のことで『血脈』の姉妹編といってもいい作品でこれまた面白い。
著者の才能の顕著なことは自身、生まれる以前の肉親をまるで見て来たかのように冗舌に表現するところが実に上手い。
例えばこんな場面!
 
「シナちゃん、あんたも気ィつけや。男ちゅうもんは、女みたらすぐおめこすること考えるんや」
 
明治26年生まれのシナは当時にあっては珍しく結婚を望まず自立の道を探っていたようで、当初は英学校に入校するも、すかさず親の反対で退校。
次に授業料が安いということで琵琶を習い始めるが、それも長続きせず悩んでいたところ、友人に拠って齎された新聞の募集欄に飛び付く。
時に大正元年暮れ。
 
今回、我が神戸市におきても地元の実業家の有力者相集まりて、関西随一を誇る近代的大劇場聚落館を開館、附属女優養成所を設けて将来関西演劇界を背負う女優を養成せんものと目下募集中なり。十八歳より二十二歳まで、容貌、教養に自信ある人来たれ!
 
そして!
 
「おかん、うち、女優になるし」
きくえは振り返った。
「何やて?何になるて?」
「女優に!」
 
しかし、関西ではパッとせず、噂に聞いた東京の佐藤紅緑の門を愛人の三浦敏夫と叩いたことから果てしない紅緑と万里子の愛憎劇が始まる。
当時の紅緑は俎板のような長い下駄を履き飛ぶ鳥を落とす流行作家としての盛名があり茗荷谷の大きな家に妻と4人の息子、更に出戻りの姉とその娘、書生に居候と少なくとも20人近い人間を養い、他に妾と子供二人の面倒も見ていたが長男は前夫の息子にも関わらず面倒だからと二人とも庶子として認知している。
 
ところで女優三笠万里子となった本名横田シナという女性は、どうも恋愛感情が希薄なのか初めての相手となった三浦敏夫、後に夫となる紅緑に対しても愛の観念が乏しい。
即ち愛がないから嫉妬心もない。
しつこく求められるのも面倒だから処女を呉れてやったとばかりに開き直り、三浦の方では「俺の女」とでも思っていたようだが万里子にとって三浦は情夫でもない。
 
紅緑に至ってはどうか。
突然、現れたシナに目が眩んだか歯車が脱輪するように狂って行き、愛人の三浦には金で縁を切らせ強引にシナを犯し、妻と妾、そして6人の子供を捨て、作家として社会的地位と名誉を落としてでもシナを我が物として獲得したかったようだ。
仮令、文名を落としても紅緑の気持ちを翻意させることは出来ず。
 
「俺はお前のしてほしいことは全部するよ」
 
と、恋の奈落に落ち込んで行く。
しかし、いくら紅緑が女優への道を叶えさせようとしてもシナの心に愛は芽生えず却って疎ましい思いばかり募り二人は不毛な喧嘩に明け暮れる。
だが、紅緑の愛は燃え盛る一方。
シナが咳をしただけで劇団員は怒られ、楽屋が寒い、炭火が少ない、座布団が薄いと言っては怒鳴り散らす。
紅緑の頭は四六時中シナの事しかい。
 
女優としての夢を叶えるため脚本を書き、役者を集め、全国巡業に出るも客足は伸びず金は失われていくばかり。
初産の長男も亡くし疲れ果てた二人。
いくら歳月が経っても報われるものは何もなく諍いの数ばかり増え、何度も別れ話しを繰り返すが女児が二人も生まれ別れることが出来なくなってしまう。
 
シナは自分から燃えることのない女で、傍で熱を持っている男が居ると、その熱を受けてだんだん温まってくるような性格。
男としては何とも厄介なタイプだが、そんな女と知りながらも紅緑は別れることが出来なかった、いや、結局はシナの方も腐れ縁の延長のように紅緑から離れて行かなかった。
佐藤家の血筋というのやはり一風変わっているのだろうか。
祖父の弥六は西洋小間物店をやっていて客が値段を訊くと!
 
「うるさい、なんぼでもいいから金置いていけ」
 
と怒鳴ったという。
紅緑に至っては面白いエピソードが沢山あるが例えば野球。
相手チームの選手が盗塁をすると!
 
敵の虚を突いて塁を盗むとは、正々堂々の戦いに非ず!
 
と怒り。
審判がストライクを取り過ぎると言っては審判を交代させ相手方の投手が上手すぎると殴り倒す。
貴金属が嫌いで金歯をしている女を見ると。
 
あの女は下品極まる。金歯を剥き出しにして笑う。
 
とこれまた怒る。
そして、夫婦間の諍いは戦後も続き、下痢をしたと言っては騒ぎ、便秘になったと言ってはまた騒ぐ。
更に便通があったにも関わらず三日も便秘だと言って騒ぎ出し、二人は3時間もウンコに付いて論争を繰り広げる。
 
才気煥発、図抜けた記憶力と雄弁、向かうところ敵なしの情熱家だった紅緑の晩年の姿だが、互いに憎み争いしながら最後まで別れることが出来なかった。
紅緑が亡くなったのは昭和24年6月3日、シナは生き続け47年3月30日に没した。
二人の生活は紅緑42歳、シナ23歳から始まるが数十年に亘って争い続けて尚離れなかった夫婦を何と見たらいいのか?
時にはこんなこともあった。
紅緑がシナの頬を打ち逆上して髪を掴み引き摺り。
 
「どういてお前は・・・どうして・・・お前は」
 
人目も憚らず紅緑は号泣し。
 
「俺をこんなに苦しめるのだ・・・・」
 
解説者はこのように書いている。
 
男と女は何と痛ましく出会い、関わり合い、しかも何と痛ましい自在を求めて行くのか。
 
夫婦のことは夫婦しか分からないというが、この夫婦のことは更に分かりづらい。
しかし、この一族の血脈は確かに面白い。
 

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