愛に恋

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帰郷 大佛次郎

これは新潮文庫の旧版で、私がおそらく10代の頃に販売していたものではなかろうか。恐ろしく字が小さい。大佛次郎の「帰郷」は夙に有名な小説で、昭和二十三年毎日新聞に連載され、執筆当時、筆者は癌病の疑いに悩み、これを最後の作品と覚悟していたが杞憂に終わり、思いがけず本作は異常な成功を収めたものとなり、翌年、芸術院文学賞を受賞した。併し、私はここ数十年本作のことをすっかり失念していて、先日、ワゴンの100均セールで見つけ購入した。物語は複数の人物が絡み合い、終戦間際のマレーシアから始まる。海軍の牛木利貞少将、他人の罪をきて海軍の公金を持ち逃げ、欧州で生活する同期の守屋恭吾。戦中のマレーシアに単身出かけ、自由に行動する高野左衛子。戦後、それぞれに帰国する。近々、参院選に出馬予定の隠岐達三の妻の連れ子だった伴子が、実父を求める胸奥の哀しみ。代わりゆく日本の姿、守屋恭吾が求める日本の伝統、荒廃しきった日常。廃墟となった日本を見て当時の帰還兵らは何を思い、どう生きて行こうと思ったのか、今の私たちには想像するしかない。それはまさに私の父に当てはまる時代の話だ。