元旦から読み始めて1週間の予定で読了と思っていたが、10日もかかってしまい今回は疲れた。
明治43年の裁判の実録を旧字体、上下二段で書かれているのを読むわけだからね。
さすがに読めない漢字も多く、先ず、朝鮮名や駅名、地名が読めない。
更に、例えば金(かね)と金(キン)と言う具合にルビがないので、読み辛い。
事件は明治42年10月26日、哈爾濱駅ホームでロシアの大蔵大臣と共に兵士を閲兵する中、安重根に三発の銃弾を浴び約30分後に伊藤博文は絶命した。
他に随員三名も銃弾を浴び重軽傷を負っている。
私が読める朝鮮名は主犯の安重根(アンジュングン)だけで、他に登場する朝鮮人、韓国人の名は一切読めない。
一読するに安重根の伊藤に関する認識度は、幾分、誤解があるようだ。
孝明天皇を毒殺したかのように思っているが、確かに会津贔屓の孝明帝がタイミングよく、崩御されるのはおかしくも思うが、今日では大久保、岩倉などが諮った毒殺ではないことははっきりしているし、ましてや伊藤博文が関わったことはない。
日清、日露の戦役にしても、李朝の兵力を持って両国の侵略を抑えることは出来なかったはず。
初代韓国統監に至っては、ここで語るにはあまりにも難しい。
安重根と共謀した3名も裁かれているが、延々、検察官による4名の尋問記録は、検察側もかなり周到に調査をしたようで、そんなこと訊いてどうするという細部まで尋問するところに、私の疲れが生じる。
一つの問題を4人全員に訊いたりする場面にはうんざりだ。
銃に弾はいつ入れたか、それを其方は見ていたか。
そんなのいつ入れたっていいじゃないってなもんです。
電報は誰が送って誰が読んだか。
前日は何時に寝て何時に起きたか。
そんなの何時に寝たっていいじゃないか。
裁判官による尋問は終盤になるまで、一切行われない。
弁護人の意見に至ってはほんの少し。
ともあれ、延々裁判記録を10日かかって読んだ訳だが、流石にこんな本を読んでいる人はいない。
そりゃそうだわね、本の存在その物が知られていないから。