何を物思いに耽ってやがる、ヤイヤイ太宰さんよ。
このあたしが生まれる前に死ぬなんざ、随分とふてぇ野郎じぇねえか。
あたしゃ東京生まれだからね、一度アンタにあって文句の一つも言いたいところさ。
「俺と死ぬ気で恋愛してみないか」だと。
利いた風な口を聞くな。
嵐山光三郎が「作家の死は事件だ」と言っているのを知ってるか。
そうよ、だからあたしゃあ、アンタの身辺を洗いざらい当たってみたのさ。
七里ガ浜にも行ったぜ。
アンタの歩いた道順をそのままにな。
神社の岡を左側から降りて入水した現場を見に行ったさ、ふざけんじゃねえよ。
海であつみを死なせて今度は川でかよ。
お前さんと富栄を運んだ霊柩車だよ。
猪瀬直樹によれば、躊躇いキズじゃないが、アンタ、実際には入水する気はなかったん
じゃねえのか。
だいたい富栄が「私も子供が欲しい」と言ったとき「まだ、修という字が残っているじゃないか」と言った、ありゃどういう意味だい。
そうなんだよ、初めから富栄を妊娠させときゃ、こんなことにはならなかったんだよ。
どうせ無頼派なんだろ、あっちにもこっちにも子供を作りゃいいじゃねえか。
それにだ『如是我聞』はどうなるんだ。
三島さんみたいに完成させんかい。
知ってるか杉森久英が悔やんでいたぜ。
富栄の遺体の前に立つ父親だよ。
杉森の言うのはな、私が編集者だっただけに志賀さんにもお前さんにも迷惑をかけたっ
てなわけだ。
それにだ、富栄はかなり優秀な美容師だったと言うじゃねえか。
親父さんも将来は事業を継がせたかったという話だ。
富栄も経営者になり、お前さんは当代随一の売れっ子作家、印税で愛人の太田も養って
やれ。
三方一両損どころか印税三方得じゃねえか、まったく。
何、結核の症状が? 分かってるって、先ずは酒の量を減らせ。
有島武郎の自殺を唯一人、止めることが出来る人が居たのを知ってるか。
有島さんの弟たちは酷く立腹してな、何故、知らせてくれなかったんだというわけよ。
あたりめえだよな。
これから死の逃避行に向かおうってな兄貴の大事を、ただ手をこまねいて見ているなんざ、どういう了見だ。
そこでだ、アンタらの道行きを怪しいと思ったら、このあたしゃ、どんなことがあって
も止めるぜ。
こればかりは何が何でも止めなけれゃ男が廃るってなもんだ。
檀一雄が言ってたぜ「青春五月党」なんて作って若い頃は遊んでたんだろ。
お前さん、私と同じ六月生まれだから、今度は「中年六月党」でも作って頑張ろう。
なぁ、太宰さんよ、悪いことはいわねえ、今度はまともに生きようぜ。