《羊の毛を刈る人(ミレーを模して)》(1889年)
《クワの木》(1889年)ノートン・サイモン美術館
《ルピック通りのフィンセントの部屋からのパリの眺め》(1887年)ファン・ゴッホ美術館
《前景にアイリスのあるアルルの眺め》(1888年)ゴッホ美術館
《ラ・ムスメ》(1888年)ワシントン・ナショナル・ギャラリー
《ルーラン夫人と赤ん坊》(1888年)メトロポリタン美術館
《グラスに入れた花咲くアーモンドの枝》(1888年)ゴッホ美術館
《悲しむ老人(永遠の門)》(1890年)
ゴッホがテオに送った手紙を読んでいると、それこそ絵を描きに行っているか、手紙を書いているかで、私がブログを書いているか読書をしているかの何十倍かの集中力があったのだと思う。
ひとえに天才とは努力の賜物かも知れないが、ボーリングのピンに譬えるならば、彼らは初めからピンが10本立っていたものを、ただ磨けばよかったのか。
然し乍ら、私のような凡夫はまず、1本、1本、ピンを上手く立てることから始めなければならない。
これが50年経って2本立てばいいとこだろうか。