本作は5編からなる実名小説で順に。
・ゆきてかえらぬ
・霧の花 夢二秘帖
・春への旅
・鸚鵡
「ゆきてかえらぬ」は一代で巨万の富を築き「木綿王」と呼ばれた薩摩治兵衛の孫として生まれ、10年間で約600億円使ったという使ったというバロン薩摩の話で、戦前、外国生活が長く、そのあまりの贅沢三昧の暮らしから、当時は知らぬ人も居ないと言われたバロン薩摩を、著者は昭和38年、ある仕事の関係で関係者と電車の中で、ふと「徳島と言えば薩摩治兵衛」「えぇ、まだ生きていたのか」「あんた知らない」「知りません」という話から興味を持ち、今は年老いた老残の身を曝す貧しい生活を送る薩摩氏を訪ねる話だが、数年前に脳溢血を患い、今は中風の姿であると書かれているが、あまりの人生の変転をどう考えていたのか、私とて興味がある。
これは太宰と山崎富栄の話になるが、今になってはどうとも分らぬが、太宰は本気で富栄と心中する気があったのだろうか。
富栄は太田静子が治子を出産したことで、猛烈な嫉妬心に駆られ、静子が出した手紙は一切、富栄に読まれ返事もすべて富栄が書いた。
太宰は富栄に泣かれ、脅され、毒薬を持っているといわれて、静子に会わない約束をさせられ、月々仕送り一万円も富栄の手から届いた。
静子が大病しても見舞金だけを出し、6月15日の朝、見慣れた下手な富栄の字で葉書が届いた。
「修治さまは私がいただいてまいります」六月十三日
とあるが、果たして富栄と太宰は真剣に心中について話合ったのかどうか疑問が残る。
妻美知子への手紙には、
「女が死んでくれってうるさくて仕様がない、決してお前の顔に泥をぬるようなことはしないよ」とあったが。
・霧の花 夢二秘帖
これは夢二が一番愛した彦乃との物語だが、この問題には病弱な彦乃を何とか夢二から取り戻そうと奔走し、夢二と喧嘩腰になる二人のことが書かれている。
記録によると、二人が暮らした期間は一年余りしかないそうだ。
・春への旅 は略す
・鸚鵡
この作品は大逆事件で死刑になった幸徳秋水の離縁した妻師岡千代子の話だが、獄中にあった菅野寿賀子は獄中で検事から、秋水が千代子に宛てた手紙を見せられ、秋水に裏切られたと思い、絶縁状を獄中の独房から独房へ送ったような話だが、千代子は昭和35年2月26日まで生きた。