紅白で魅せたユーミン。もう生歌がきつい現実と、名曲を誰が歌い継げるか問題。
サザンオールスターズや米津玄師(27)の出場で、例年以上に盛り上がった平成最後の
そんな中、NHKホールをシックで暖かい空気に包み込んだ松任谷由実(64)の存在感が
際立った。別撮りと思わせておいてからの、ひょっこりとやって来る登場シーンも粋
だったし、何よりも楽曲が群を抜いて素晴らしい。
◆ユーミンが歌えなくなると、名曲たちを誰が歌いつぐのか?
披露した「ひこうき雲」と「やさしさに包まれたなら」、いずれも品の良さと親しみや
すさが絶妙なバランスで両立している。言ってみれば、音楽としてのたたずまいが清々
しいのである。
作曲的に高度な試みをするとか、凝った歌詞を書くとかではなく、普段の生活から気を
張っていなければ出せない気高さや、普遍的な美徳がある。改めて、得難い資質の持ち
主だと感じた。
だからこそ、いまユーミンを取り巻く困難に触れないわけにはいかない。率直に言っ
て、ユーミンはもう自作曲を歌える状態にないからだ。しかも、プロの歌手としてどう
こうという問題でもない。
たとえば、風邪をひいて喋るのも辛そうにしている人がカラオケにやってきたとき、ど
う思うだろうか。きっと、“無理して歌わなくていいよ”と言いたくなるはずだ。いまの
ユーミンを観て心配になる気持ちは、それに近い。
念のため、これは批判したり価値を下げたりする目的で言っているのではない。むし
ろ、ユーミンの楽曲が健全に保護、伝承されるために、今からふさわしい歌い手を探し
たほうがいいのではないか、と思うのである。
そう言うと、“若くて歌の上手い人はいくらでもいるだろう”と思われるかもしれない
が、ユーミンの楽曲は、そのような体力自慢の手にかかると一気に魅力が失われてしま
うから難しい。音程が正確だとか、声が元気だとか以上に、書の“かすれ”のような美し
い欠損を嗅ぎ取る感性が求められるからである。
◆キャロル・キングをカバーしたレディ・ガガの場合
そこで考えたいのが、2014年にグラミー賞のイベントでキャロル・キング(76)の「君
の友だち」をカバーしたレディ・ガガ(32)のケースだ。ボーカリストとしてのガガ
は、体力的にキャロル・キングを上回っているために、正攻法では原曲のたどたどしさ
が再現できなくなる。
だから、ガガは歌のフレージングによって自ら破損を作り出したのだ。みずみずしい声
や豊かな音域にフタをするように、歌詞を投げつける。歌い上げたくなる気持ちや、オ
リジナリティを加えたくなる下心を自制して、語りに重心を置いたことで、キャロル・
キング特有の親密さが保たれたというわけだ。
この種の大局的な判断を下す力は、音楽のことばかり考えていて身につくものではな
い。やはり、普遍的な美徳を信じるかどうかの問題なのである。現状、日本の音楽シー
ンを見渡して、そこまで懐の深いシンガーはいるだろうか?
そういうわけで、ユーミンを歌い継ぐ人物は簡単には見つからないのだ。今回の紅白出
場歌手なら、aiko(43)や島津亜矢(47)はどうだろうとか考えてもみるが、それでもすく
い取れない何かがユーミンの楽曲にはある。
改めてその価値を知ると同時に、大きな宿題を与えられたパフォーマンスだった。
<文/音楽批評・石黒隆之>
この記事を先日読んで、痛く感心したので、保護の意味合いもあって、全文掲載させて
頂きます、悪しからず。
音楽評論として素晴らしいではないか。
特に太字の部分、私が勝手になぞったものだが、
「書の“かすれ”のような美しい欠損を嗅ぎ取る感性が求められるからである」
これこそ、ユーミン歌唱の性質を著した端的な言いようではないだろうか。
まさしく言い得て妙!
よく見抜いている、音楽評論とは斯くあるべきだと絶賛したかったので、他の人にも読
んで戴きたいために敢えて掲載させてもらいました。
「ひこうき雲」本当に名曲ですね!