愛に恋

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D.G.ロセッティ ラングラード

本書を読んで、あるひとつのことを学んだ!
それは、もう二度とみすず書房には手を出さないこと。
これで三度目となったみすず書房
 
イェルサレムアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』ハンナ・アーレント
『D.G.ロセッティ』ラングラー
沈思黙考したわけではないがみすず書房は翻訳ものを専門に扱う出版社なんだろうか。
それにしてもどれも高価で重たく長く難しい。
だからみすずさんバイバ~イ!
では、なんでこんな本を読もうと思ったか。
それは二枚の絵が直接な理由で。
 
 
 
 
上の絵はよく知られている、ラファエル前派のミレーが描いた、『オフィーリア』だが下の『ベアタ・ベアトリクス』は、ロセッティが亡き妻エリザベスをベアトリーチェとして描いた作品で、ダンテの『新生』をヒントにベアトリーチェの魂が肉体を離れ、死んでゆく瞬間を表現している。
どちらもモデルはエリザベス・シダルという女性で同一人物。
そのエリザベスとの婚約期間は10年に及び結婚に対し消極的なロセッティの前に登場したのが友人ウィリアム・モリスの妻ジェーン(下の写真)。
 
 
エリザベス・シダルとロセッティはジェーンとモリスが結婚した翌年1860年に結婚。
しかし、ジェーンに心を奪われ、結婚後も諦めようとしないロセッティ、夫婦関係に悩み続けながらもエリザベスは妊娠。
これで色情狂のロセッティも落ち着くものと期待したが子供は死産。
絶望したエリザベスは1862年2月11日、大量のアヘンチンキを服用して死去。
享年32歳、自殺同然の最期に激しく後悔したロセッティが描いた絵が上記のもので、それらのあらましと女狂いのロセッティを知りたいというゲスな勘繰りという低級な好奇心から、こんな本を選んでしまったが、何分、登場人物が多く煩雑でややこしい。
更にラファエル前派とは何かという疑問からも果敢に挑戦したが敢無く自沈。
そのラファエル前派、著者の解釈は。
 
イギリス美術史上もっとも驚くべき三人の画家を擁する「ラファエル前派協会」を密かに結成したのは、ごく当然のことだった。彼らのいわゆる「ステンドグラス的」絵画は、その本質において、中世的、文学的、宗教的主義から霊感を得ている。清教徒的イギリスにありながら、ジョン・エヴァレット・ミレー、ウィリアム・ホルマン・ハント、およびダンテ・ゲイブルエル・ロセッティの画布には、光が、官能が、逸楽が、彼の前でたいてい裸体でポーズした女性たちの豪奢さが、はじけるように輝いている。
 
その精神は、自然への回帰、構図に対する色彩の輝きの重視、14世紀、15世紀イタリアの巨匠たちへの依拠などによって特徴づけられると言うのがよいだろう。
 
つまり、ラファエルは古典主義の完成者で、その後のアカデミズムの規範とされたわけだから19世紀アカデミーにおける古典偏重の美術教育に異を唱える集団で権利回復の要求であり、象徴主義の拒絶ということか。
ここまではよい、しかし、これからだ。
 
ラファエル前派は押し寄せる工業化社会の現実を逃れるための中世への回帰、カーライル流の空想社会主義ウィリアム・ブレイクターナーの幻視的リアリズム、イタリア・プリミティフ派の交差点に位置していて、ハントは疑いもなく、この芸術運動のきわめて重要な側面を代表している。こうした多様な源泉は、その後、ルドンやモローなどの象徴派の画家やアール・ヌーヴォーが放つ光の中に感取されるとはいえ、ラファエル前派の理論的弱点や不安定さの原因とならざるえなかった。
 
分かるだろうか、小生はまったく解らん!
そして・・・。
 
ヴィクトリア女王の世紀の厳格主義、工業化の破壊的進展、都会の醜悪さに反抗さまざまなする芸術家気質の結合から1848年に生まれたラファエル前派協会は3年しか続かなかった。1851年にはすでに分裂の兆しが認められる。
 
結果として、
 
ラファエル前派は、ヨーロッパの芸術へ向けてイギリスの門戸を開き、イギリス人の生活に、ラファエル前派以外には不可能な色彩を与えた。彼らは芸術創造を共同作品へと創りかえたのだ。この点において、ヨーロッパ芸術史に比類ない地位を占めるのである。
 
はっきり申せば、これはもう素人門前払いの本で大学教授乃至評論家の出番なのです。
さらに付け加えたい。
 
ロセッティは、うつろな美の不滅なる部分、ないしは不可視的部分を画布に定着することによって、芸術を時間の流れにたいする防波堤にしようとする。これはまたプルーストがおこなってみせるような時間の転位とはいえないが、肉体と魂とを区別する根源的な本質の具象化にはかならない。
 
まったく書く方も書く方なら、訳す方も訳す方で今年、一番疲れた本だった。
分かったことは私の到底及ぶ次元話ではない、それだけはハッキリしている。
最後にエリザベス・シダルとの出会いはこのように書かれている。
 
肢体は16世紀イタリアのブロンズ像のように均整のとれた肉づきをしていた。
それがエリザベス・シダル、のちにロセッティが自分のモデルに採用にし、ほどなく己の美神として恋することになる女性の姿だった。彼女はまもなく、ロセッティ専用のモデルとなり、彼の天使、あるいは悪魔、彼の魂の最初の像、ラファエル前派の第二の化身となりスティーヴンズが主張するように「彼女の顔立ち、横顔、豊かなとび色の髪は、ラファエル前派の美の理想となった。彼女は17歳、ロセッティ23歳だった。
 
しかし、ミレーの『オフィーリア』に対してロセッティの『ベアタ・ベアトリクス』はエリザベス・シダルという同一人物を描いたにしては陰鬱で見惚れる作品ではないためか、あまり人気がないように思うがどうだろう。
 

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