愛に恋

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清方の松

昔、東海道戸塚の並木道に「清方の松」という大木があったらしい。
お軽と三平の道行の段「ここは戸塚の石高道」で御馴染みの舞台で安藤広重東海道五十三次の中にも、松並木の遠見の富士が見えるとして有名だが現在はその面影はなく、過去の夕霧の中に伝説となって残る力も持たず姿を消してしまった。
 
大正年間のこと、汽車が大嫌いだった鏑木清方が一世一代、京見物のため自動車で東海道を上った時ここに立ち寄り、道路改修工事に伴い得難い巨木の景観を損することのないようにとの願いをこめて記事を書いた。
その後、当地青年団が清方の記事を記念して清方の松と命名
 
程なく川合玉堂の目に留まり写生した絵が美術雑誌「塔影」に載ったとあるが、調べてみたがどうもよく分からない。
何分、古い話しで現在では知る人もなかろうが戦後暫くは残っていたようで、広重版画に憧れの強かった清方も殊更残念に思っていたようだ。
広重は言うまでもなく長い世代にわたって数知れぬ旅人が、梢を仰いで同じ思いを繰り返した松の大木の残像を想う気持ちは荷風の言う「失われたものこそ美しい」という言葉のままに深く胸に刻みたい。