湯浅真沙子、今回、この歌集を手に取るまではまったく知らない人だった。
以上が分かっている全てで縁戚関係さえ定かではない。
歌集編纂は真沙子の死後で昭和26年だが、大胆な性表現などから結構売れたらしい。
少し紹介したい。
風呂のなかで誘ひたまへど出来ざるを二人声立て笑ひけるかも
芸者とせしきみが話をききゐつゝそゞろに淫るこゝろもうれし
話しにきゝし御殿女中が使ひしといふ張形といふものどこかで見たし
中途にてなえたるときの憎らしさ辛(いら)さを君は知る知らずや
旅の宿わづかの時の叫びごえ少し慎めといふ君の憎らし
淫欲の果なき吾のこのおもひかなへたまふひと君よりぞなき
腰ちりめんの腰巻前を乱しつゝ淫らのさまを鏡にうつす
灯を消して二人抱くときわが手もて握るたまくき太く逞し
尺八といふことおぼえ来し君が吾に教ゆる何かはづかし
堪へがたき暁ごろの情欲はしとゝ濡るまでひとり慰む
わが情はうつくしきものに憧れて燃ゆるときのみ起こるなりけり
そして・・・、
何ゆゑにあゝ何ゆゑにわが夫はわれを見すてゝ此世去りにし
さらに・・・、
さらさらと巻紙にしるす美しき文字のようなる恋もしてみたし
エロスばかりではなく哀しみと切なさも伝わってくる。
最愛の人に抱かれる女としての歓びとて別れ。
性への歓びは生きる哀しみに裏打ちされているようで脆く儚い。
それは空井戸を覗き込んだ後に空を見上げるような悲しい読書の始まりのようにも思えてしまう。
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